薄墨

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シャワーヘッドを回して、水を掛けた。
白い曇を、透明な水が払っていく。
銀色のシャワーヘッドを写した透明の粒が、透明な水の筋を描きながら落ちていく。

シャワーを止めて、向き直る。
水滴が、ぽたり、ぽたり、と滴り落ちる。

ほっそりと、骨ばんだ身体が写っていた。
曇が晴れた鏡は、水滴を滴らせながら、真実を写し出していた。

鏡の中の自分は、疲れた顔をして立ち尽くしている。
今日も走りすぎたのだろう、足が重たい。

軋む体を引き摺って、シャワーを手に取る。
熱いお湯が、勢いよく流れ出た。
強いお湯を浴びながら、天井を仰ぐ。
白く明るく無機質なタイルが、こちらを見下ろしている。

吐いた分、身体は軽い。
走った分、四肢は重い。

お湯が止めどなく、髪の端から流れ落ちた。
お湯はタイルの間を流れて、排水溝へと落ちていく。
抜けた髪の毛が一本、すうっと水に流されて、見えなくなった。

シャワーを止めて、シャンプーを手に出した。
手のひらを擦り合わせながら泡立てていると、疲れた気持ちがちょっとだけ治るような気がして、鏡をのぞいた。

相変わらず疲れ切った自分が、鏡の中にはいた。
シミと、毛穴が見える頰が微かに上がっている。

私は昔から、食事が苦手だった。
過食で吐き、拒食で吐き。
食べ過ぎては倒れ、食事のしなさすぎで貧血で倒れる。
食事中も、口に入れる物の大きさを誤って、喉に詰めたり、咳き込んだりはしょっちゅうだった。

食事ができないわけではない。
食事が嫌いなわけではない。
ただ、物を口に詰め込むという行為が上手くできないのだ。
口から食べ物を補給して、消化するということが、私は生まれつき、苦手だ。今も。

だから、鏡の中の自分は、いつも痩せていて、不健康で、見窄らしく見えた。
水やお湯を浴びれば、雨の日の溝川の濡れ鼠のようで、肌が乾いていれば、水一つない砂漠に放られたカラカラの骨のように見えた。

頼りなくて、何をしてもグズで、ガリガリな自分がいつもそこにいた。

…蛇口を捻って、シャワーの勢いを強めた。
お湯の蛇口を目一杯に捻って、お湯をますます熱くする。
白い湯気を上げながら、熱いお湯がタイルに叩きつけられた。

私は、鏡の中の自分が嫌いだった。
見ていられなかった。見たくなかった。
だから、だから…

いつもお風呂の時は、熱々のお湯で、一心に体を洗う。

鏡が曇るように。
白い湯気と透明のお湯の熱気が、鏡の中の自分を消してしまいますように、と願いながら。

今日も私は蛇口を捻る。

風呂場は静かだった。シャワーのお湯がタイルを叩く音だけが響いた。
私は顔を背けて、シャワーを浴びていた。
肌が熱さでヒリヒリした。

シャワーの音だけが、風呂場の中に反響していた。

11/3/2024, 1:40:48 PM