嶺木

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【また会いましょう】


駅前のファストフード店で、トワはウツツと早めの夕食を摂っていた。なんだかんだと顔を合わせるようになって、流れで連絡先も交換して、時間が合えば塾が始まる前に待ち合わせて一緒に食事をする程度には打ち解けていた。
違う学校の、違う学年の、異性。それだけでつい口が軽くなってしまって、割と突っ込んだ話もお互いにするようになった。
「トワって安土中じゃん。この辺ほとんど小槌中のやつばっかなのに、なんでわざわざこっち来てんの?」
「弟と物理的に距離置きたくって」
「弟いんの」
「一個下。たぶん、すごいシスコン」
「すごいシスコン」
「だからとにかく距離を置きたくて……」
「そんななる?きょうだいで?」
「なる。あれは弟の距離感じゃない」
「怖」
「ウツツくんはきょうだいいるの?」
「ひとりっ子」
「あー、わかる」
「わかるってなんだよ!」
「そのまんまの意味だよ」
ウツツはあまり物事を深く考えない性質で、考えていることも全て表情と発言に出てしまう。良くも悪くも正直な彼の性格はなんだか気持ちが良くて、少し羨ましくて、憧れに似た感覚を抱いている。
明るくて元気で、運動神経も良い。背も高いし、清潔感もある。それなりにモテそうではあったが、不思議とそんなことはないらしい。やはり、やや自己中心的で共感性に欠ける部分が足を引っ張っているのだろうか。

そんなある日。向かいに座ったウツツは珍しく表情を曇らせていた。今までも試合に負けただとか記録が出なかっただとかそんなような話はあったものの、彼は前向きに次に向けての努力ができる人だ。こんな顔は見たことがなくて、トワも心配になる。
「どしたん」
「……いやさ、告白された」
「マジか。……で????」
トワが身を乗り出すと、ウツツに頭を掴まれた。そのまま席に押し戻される。
「考えたことなかったから、フツーにそのまま言った。……けど、なんか後味悪くて」
「ほーん。いいねいいね、これはお姉さんの出番じゃん」
「ヒトゴトだと思って……!」
「他人事やで」
「腹立つ」
「えっそれ同中の子?タメ?」
「クラスは違うけど、そう。一年の時からそこそこ仲良くて、まあ、友達だと思ってた」
「したら相手は違ったのかー、確かにウツツくんには難しいわ」
「どういう意味だよ!」
「そのまんまの意味だよ」
ぐぬぬ、なんて唸りながらウツツはバーガーにかぶりつく。そこまで心配はいらなさそうだと、トワは苦笑しながらストローを口に咥えた。……何やらさっきから視線を感じる。
「ねえ、ウツツくん。その子ってさ」
「あ?」
「メガネかけてる?」
「おう」
「ボブ?」
「ボブじゃねーよユメだよ」
「名前じゃなくて髪型。……肩までくらいの髪の長さってこと」
「おお、確かそんなだったわ。すげーな、エスパーかよ」
「まあそんなところかな」
いつもなら食事を終えたら塾の入っているビルまで一緒に移動するのだが、今日はシャー芯が切れたからと先に行ってもらった。

そうしてトワの前に立ち塞がる、やや小柄で細身の女の子。名前はボブではなくユメというらしい。ぱっと見は大人しそうな……どちらかといえばオタクっぽい雰囲気だ。ただ、メガネから覗く瞳はかなり強気な様子だ。
「単刀直入に訊きます。ウツツとはどんな関係で?」
「塾の友達……?」
「本当に?」
「まあ、ウツツくんがどう思ってるかはわからないけど……」
「それって、やっぱりアナタのこと好きなんじゃないですか!?」
詰め寄ってくるユメに壁際まで追い詰められてしまう。同世代の女子にこんなに真剣な壁ドンをされるなんて、人生は何が起こるかわからないものだ。
「だって、おかしいですもん!少し前からなんか、前の彼なら気にもしなかったことを気にしだすし!謎に受験に意欲的になるし!髪型気にするような感性なんて持ち合わせてなかったし!」
オタク気質というのはトワの見立てどおりだったようで、ユメはここ最近のウツツの様子について捲し立ててくる。半分くらい批判のようなものが混じっている気がするが、そこも含めてということだろう。
好きなもののことには饒舌になるよね、なんて心の中で相槌を打ちつつ、内心は少し焦ってきた。純粋に遅刻しそうだ。
「ユメちゃんごめんね、これ以上はやばい、遅れる」
「……ッ、す、すみません。私としたことが、つい熱くなって……」
諸々の所作を見る限り、育ちの良さを感じる。髪をかけた耳の先まで真っ赤だ。
「その、でも、諦めるわけでも、負ける気もありませんから。……お話はまたの機会に」
「う、うん?どうしてそうなる?」
「アイツに自覚はなくても、ずっと見てきた私にはわかります」
「……いいねえ、アオハルだねえ」
「茶化さないでくださいぶん殴りますよ」
「えっ思ってたより怖い子だ」
ユメは大きくため息を吐くと、ぺこりと頭を下げて駅へ走っていった。トワも慌てて反対方向へ走る。なんとかギリギリ間に合って、家への連絡は免れた。

トワは頬杖をつきながら、講師の板書を目で追う。正直あまり集中できなかった。別にウツツに告白された訳ではないけれど、友達だと思っている相手に別ベクトルの感情を向けられると確かに戸惑ってしまう。いや弟からの謎の執着も、ハルトの湿度高めの視線も似たようなものだけれど。
「まあ、なるようにしかならんか」
口の中で呟く。
ノートの端に花とハートを描いて、適当に塗りつぶした。


※※※


登場人物
トワ:受験生。弟から距離を置きたい。
ウツツ:健康優良児。トワと同じ高校に行けたら良いなと思い始めた。
ユメ:ウツツのオタク。最近ウツツの様子がおかしいので他人にとられる前に告白したが玉砕。
一個下の弟:名前はナガヒサ。トワと結婚したい。きょうだいは結婚できないことに憤慨してる。
ハルト:ナガヒサの友達。トワと結婚したい。きょうだいなんてそもそも結婚してるようなものなので羨ましく思っている。


11/13/2024, 1:01:53 PM