「約束は、口の中に入れられるものがちょうど良いね」
彼女は彼からもらったお汁粉を飲みながら微笑んだ。黒漆の椀の中にある小豆と白玉は、内側の朱色塗りに照らされて艶やかだ。
彼は、健やかな肉付きの良い彼女の頬を見て、納得したように言った。
「you are what you eat」
「私はあなたの約束で出来た身体だね」
「秘密も嘘も何もかも包み込んでくれそうだよ」
「お餅みたいに?」
「お餅みたいだね」
「あらら、食べ過ぎちゃったか」
彼女は照れくさそうに苦笑した。それでもお椀の汁を飲み干したくて淵から唇を離さない。彼はお椀までも舐め尽くそうと美味しく食べる彼女に少し寄りかかった。唇についた小豆を舌なめずりする彼女に、確かな味覚があると確信した。
「それ、またあの人から貰ったんだ。僕の好物をぜんぶ知られてしまったよ」
「そうなの。あの人、本当に美味しいものを知っているのに、会うたびに愚痴ばかり吐いているね」
「胃の中は満たされても、心までは満たされていないようだ」
「あなたがあの人の返事をしないから、あっちは不満になっているんじゃない」
「そう言うが、君は、いつも不幸自慢ばかり話す人と幸せな家庭を築けると思うのかい。あの人を褒めたって、自分の母親から醜いだの何だのと言われたって泣きつく一生を共に過ごすだけだ。消化不良で倒れてしまうよ」
「あなたの褒め言葉が、その人の幸せになれる呪文なんだろうね」
「ねえ、本当に食べたものが僕らの身体になるのかい」
彼は嫌な顔をした。自分でも思った以上に甘えた声を出してしまったと後悔する。
「うん。食べ物は嘘つかないよ。現に私の身体も良い感じにモチモチになってきたでしょ」
「そうだね、愚痴も不幸も跳ね返すような弾力がある」
「あなたを丸ごと包み込む包容力もあるよ」
「まったく、君と結婚したら僕は不幸にならずにすむのに」
「あー、その約束はまだ飲み込めないかな」
彼女はお汁粉を飲み干した。腹に手を当てて、十分満足した顔つきで微笑んでいる。彼はまだ飲み干せないお汁粉を片手に不満そうな顔を見せた。腹は空いてもいなければ、満たされてもいない。
(250304 約束)
3/4/2025, 1:05:55 PM