にえ

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お題『相合傘』

 街でマドレーヌを買い、菓子屋を出ると雨が降っていた。
「主様、傘に入ってくださいませ」
 店の軒先で傘を広げたところ、主様は眉間に皺を寄せて何かおっしゃっている。約50センチの身長差にざあざあという雨音が加わり、主様が何をおっしゃっているのかさっぱり聞き取れない。俺はしゃがんで主様の目の高さまで降りた。
「いかがなさいましたか?」
「今日も傘、一本しかないの?」
「はい。そうですが……」
 主様さえ濡れなければ俺としては何も問題はないので、雨の予報を知っていても傘は一本あれば十分だと思っていた。しかし主様にはそれが気に入らなかったらしい。
「私はフェネスに濡れてほしくない。だって風邪ひいちゃったら大変だもん」
 頬を膨らませている可愛らしい主様に、俺は「大丈夫ですよ」と微笑みかけた。
「主様が風邪をひいてしまう方が大変です。それに俺は風邪を引くほど弱くないので」
 そう言ったタイミングで鼻がムズムズして、くしゃみをしてしまった。
「ほら、大丈夫じゃないじゃないの。フェネスが寝込んだら私が悲しい」
 頑なに動こうとしない主様だけど、雨もしばらくは止みそうにない。うーん、どうしよう……。
 ……あ、これならばご納得いただけるかもしれない。
「それでは主様は傘を持っていただけませんか?」
「だから、フェネスが濡れるのが嫌なんだって」
「ええ。ですからいいことを思いついたので、俺に任せてください」
 俺は主様を腕に抱き抱えると、主様のお腹の上に焼き菓子の袋を置き、それから開いた傘を持っていただいた。
「これなら主様も俺も濡れません」
 俺に抱っこされた主様は傘と俺を見比べてている。
「こーいうの、あいあいがさ、っていうの?」
「俺なんかと相合傘はお嫌でしょうか?」
 すると、きれいに結われた三つ編みがふるふると揺れる。
「どうせなら馬車まで遠回りして帰りたいなっ♪」
 むしろご機嫌といったところらしい。俺はその提案を受け、最短の大通りではなく一番遠回りとなる路地裏を選ばせていただいた。

6/19/2023, 10:41:33 AM