傾月

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これはあれだ、落語で聞くあれ、そう『死神』の洞窟。
随分広い洞窟だ。天井も高い。この広い空間に所狭しと例の蝋燭が並んでいる。よく見てみると、それぞれ形や色が違う。何の形か確認するため蝋燭に近付こうとした時、「その線から内側には入らないでください」と背後から声をかけられた。驚き振り向くと、黒いローブを身に纏った背の高いガイコツが立っていた。
え?ブ○ック?思わずそう口に出すと、「あー、やっぱりそうなります?」と困ったような口調でガイコツが言った。よく見るとそれはガイコツではなく、ガイコツのお面を被った何者かだった。「迷い込んだ人間と対峙する時は、素顔を出しちゃいけない決まりでしてね。年に1回、上から面が支給されるんですが、今年自分はこのお面を引き当てちゃったんですよ。すると来る人来る人みんな口を揃えてその名前を出すんですよね」最早どこからツッコんで良いのやら解らず黙っていると、ガイコツは更に話し続けた。「それでも私はまだ良い方で。だってほら、ちゃんと死神っぽいじゃないですか。同僚なんて天狗のとかひょっとこなんですよ。死神関係無いじゃないですか」死神が笑うのを聞きながら、ああ、じゃあきっと会う人会う人みんなに、鱗○さんとか鋼鐵○さんとか言われてるんだろうなぁ、とぼんやりと考えていた。
突然「あ!」と死神が声を上げたので驚き我に返った。何?と聞くと「いやぁ、スミマセン。脱線してしまいました。お前は仕事は真面目で良いがそのお喋り好きが玉に瑕だって、上司にもよく怒られるんです」死神が照れながら頭を掻いている。何の話だ?と不思議に思っていると「えーとですね、その線から内側には入らないでください」と最初に聞いたセリフをもう一度言われた。そうだった、そう声をかけられたんだった。
まるで美術館みたいな声かけだなと思いながら、何故かを死神に問うた。「お察しかと思いますが、これらは寿命の蝋燭です。万が一があってはならないので、線の内側には入らないようにお願いしてます。」なるほど。ついでに蝋燭について気になっていた、形と色のことも訊いてみた。「ああ、それはですね、それぞれの生き物の色形をしています。そちらの白くて丸いのはウサギで、こちらは見ての通りペンギン。向こうの灰色の大きい足はゾウです。」そう言われてみれば、どれも見覚えのあるものばかりだ。
改めて辺りを見てみると、イルカやオウム、ライオンやクラゲ、多種多様な生き物の蝋燭がある。まるで動物園みたいだな、とつぶやくと「その通り!ここは日本死神洞窟の動物園水族館課でございます!」と死神が意気揚々と答えた。
目眩がした。こんなに蝋燭があるのに、動物園水族館だけなのか。呆然としていると「次の洞窟へ行きたい場合はお声かけくださいね」と言われた。一体どれだけの課が、どれだけの洞窟があるのだろう。薄ら寒さを感じながら、ハイヨと小さく返事をした。


―――死神洞窟ツアー [動物園水族館課篇]


                   #61【心の灯火】

9/3/2023, 6:29:54 AM