『波音に耳を澄ませて』
三方を海に囲まれた場所で生まれ育ったせいか、小さい頃から海は身近で関わりが深い。
波音の思い出といえば、キラキラ輝くものよりも、ちょっと不穏なものの方が多い。
よく、海が荒れる時化の前に、祖母や伯母たちがはっとした顔で一瞬動きを止め、こう言ったものだ。
「波の音が変わった」と。
子供心に、その言葉がなんだか怖くて。
理由もわかっていないのに、悪いことが起きませんように、怖いことがありませんように、と心の中でこっそり祈っていた。
祖母や伯母たちにとって、海は日常なのだ。
匂いや色合い、音の変化を敏感に感じ取るのが普通だった。
大人になって海から少し離れた場所で暮らしていても、時折ふと思い出す。
荒れた海の恐ろしい音を。
その前兆を感じ取ろうと耳を澄ませていた頃の自分を。
7/6/2025, 8:56:03 AM