いろ

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【誰かのためになるならば】

 放課後の生徒会室。君と二人向かい合わせで、書類の束をぱちぱちとホッチキスで挟んでいく。午後5時を告げる音楽が、開け放たれた窓の向こうから流れていた。
「ごめんね、こんな時間まで付き合わせて」
 申し訳なさそうに眉を下げた君へと、私は軽く肩をすくめてみせる。その間も書類を捌く手は止めない。
「良いよ、別に。誰かの役に立てるのは嫌いじゃないし」
 明るく口にすれば、君は少しだけ眉を寄せた。困ったような、それでいて何かを咎めるような視線。そうして君は小さくため息を吐き出した。
「君のそれは美徳だとは思うけど。誰かに騙されて良いように使われてないか心配だよ」
「いやいや、そこまでお人好しじゃないし」
 というかそっくりそのまま同じ言葉を、本当は君に返したいんだけど。明日の全校集会で配る書類の準備を先生方に丸投げされて、文句も言わずに一人で黙々と片付けようとしていた生徒会長様のほうが、私なんかよりよっぽどお人好しだろう。
 誰かのためになるなら、それって良いことでしょ。なんて言って、私は君が一人で引き受けた仕事の大半に手を出しているけれど。だけど本当に私が助けたいのは『誰か』なんて漠然とした存在じゃなくて『君』だけだ。君のためじゃなければ、こんな面倒な仕事を手伝ってなんてやるものか。
 だけどそんな素直な本音を口にすれば、きっと君は萎縮して私の手伝いを断ろうとするだろうから。だから私は君の前でだけ、誰かの助けになりたい博愛主義のお人好しを演じている。
「さっ、とっとと片付けよ」
 にっこりと笑って、止まってしまっていた君の作業を促した。橙色の夕陽が、窓の向こうの空を鮮やかに染めていく。ぱちんと私の手元で、ホッチキスが軽やかな音を立てた。

7/26/2023, 10:25:28 PM