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遠い約束


「はぁ───」
椅子にもたれ掛かりながら月子は大きくため息をついた。時刻は深夜1時をまわろうとしている。課題は既に終わっているし、明日の準備もすませた。しかし、不安が消えず月子はぼんやりと考える。
(明日のテストこそ、良い点をとるのよ。いつまでも琳香に甘えてる訳にはいかない。自分の力で、やりきるのよ!───そう思っていたのに…悪い点を取ってしまったらどうしよう。やっぱり、わたしにはできないのかも…)
じわりと涙がにじむ。成績は下の下であった月子がなぜ今回のテストにやる気を出していたか、それは2週間前に遡る。

2週間前─

「やっぱ頭の悪い女はいやだよな〜。品ってものがないと!お前もそう思うだろ?」
ふと聞こえてきた会話に月子は無意識に耳を傾けた。クラスの男子たちだ。話しかけられた方にいたのは、月子に何かと突っかかってくる幼なじみの景山翔だった。
(ふん。女だって頭の悪い男は嫌に決まってるでしょう。品ですって?あなたたちに無いものをよく相手に求める気になるわね。)
月子は勝手に女子を品定めする無礼な男子たちに心の中で悪態づいていたが、翔がなんと答えるのか気になり、そっと影に隠れた。
「んー、女子も頭が悪くて品のない男は嫌だろうし、女は、っていうよりどっちに限った話じゃないんじゃない?」
自分と同じように考えていたことがわかり、翔に対して(やるじゃない。)
という気持ちがでていたとき、続けて言った翔の言葉に月子は前言を撤回した。
「まあ、頭の良い女性は魅力的だよね」
(やっぱり他の男子と一緒じゃない!)
それは月子にとっては、成績の悪い女、つまり自分には魅力がないと言われているのと同じだった。不意に胸がつきんと傷んだ気がした。
(なによ、あいつの言うことなんて今更気にすることないわ)
そう思うが、感情は迷子になり、考えているうちになんだかいらいらとしてきた。
(ふん、別に今の話とは無関係だけれど!今回のテストは良い点数をとってあいつに自慢してやる!そうすれば…そうすれば?)
続く言葉は自分でもなんだかよくわからなかった。魅力があると証明したとして、自分はあいつにどうして欲しいのだろうか?だが、あいつの目に自分が映らなくなるのはなんだか嫌だという強い気持ちがあった。もやもやした気持ちは押し込み、とりあえずテストをがんばることにした。親友の琳香に範囲を教えてもらい、手助けを申し出る琳香の提案を断り、自分の力でやろうと決めた。琳香は少し寂しそうな、拗ねた顔をしたが最終的には応援してくれた。慣れない勉強に心が折れそうになることも多かったが、翔の顔を思い浮かべ、なんとか踏ん張ってやってきた。

しかし───

現在、月子は今までにないほどテストに不安を抱いている。あの日自分に誓った、良い点をとるという約束はいつのまにか自分を縛る呪いのようになっていた。どうしよう、と不安で眠れなくなるほどに。その時、スマホの通知に気づいた。4時間も前に送られていたようだ。
「翔だ…」
メッセージアプリを開くと、たった一言
「無理してない?」
その瞬間、自分を気にかけてくれていた存在をないがしろにしていたことに気づいた。自分の力でやりきることは、1人になることではない。自分の力で目標を達成すること、まわりとの時間を大切にすること、どちらも自分には必要なことであった。
「…別に、今じゃなくても良かったことよね。1人で思い詰めるなんて」
ありがとうとぶすっとした顔で伝える猫のスタンプを送り返し、そのまま眠りについた。

朝、会うなり駆け寄ってきた翔は月子に詰め寄った。
「ちょっと!スタンプ送ってきたの、深夜じゃないか!」
さすがに非常識だったと反省した月子が謝罪しようと口を開けたとき、
「それまで勉強してるなんて!すごいけど、無理しすぎだってば!心配かけさせないでよ」
続く言葉に月子は何も言えなくなってしまった。
心配したという言葉が月子には何よりも温かく心にしみたからである。そして、同時に気づいてしまった。
(わ、わたしって……男の趣味も悪いのね)
「ちょっと、黙り込むなんてどうしたの?らしくないよ。いつもならぶちギレてる頃でしょ」
ほらほら、と目の前で手をひらひらさせる翔。神経を逆撫ですることにおいてこの男の右に出る者はいないのではないだろうか。
(この男は……!!)

2人が永遠の約束をするのは、まだ遠い先の話。

4/9/2025, 9:17:02 AM