――はらり、と解けていくのがわかった。それは靴紐のようにもう一度結ぼうと思えば結び直せたのかもしれない。けれど臆病な俺はそれが出来なかった。
「ねえ、雄一くん。」
横目でちらりと覗けば、神妙な顔をした沙織がこちらを見ている。なにか返事をしなければいけないとは思うが、君から放たれる次の言葉が怖くて聞こえないふりをした。
「雄一くんってば。」
次第にへの字に曲がっていく口を見てこのままではまずいと焦って返事をする。
「あぁ……すまない。少し考え事をしていて。」
沙織は納得いかない様子でへの字は更に大きく折り曲がった。
「それで、何だったっけ?」
これ以上はぐらかすのはまずいと、意を決してこちらから聞き返した。沙織は少しだけ機嫌が治ったのか、それとも諦められたのか、俺を真っ直ぐに見つめ直して口を開いた。
「……あのさ。私たち、もうおしまいにしよう。」
「…………。」
予想はできていたけど、言葉はすぐには出てこなかった。驚くほどたくさんの言葉や考えが頭の中を駆け巡っていくのに、今にふさわしい言葉が浮かばない。
別れを切り出された俺はなんて言えばいい?どんな感情であればいい?俺はまだ沙織のことが好きだが、沙織はもう同じ気持ちではないのか?俺と一緒にいるのは沙織にとって苦痛を伴うような時間になってしまっているのか?
……ぐるぐると思考だけが高速でから回って頭がありえないほど暑く熱を帯びているのを感じる。人の頭はこんなに熱くなるのか、なんてどこか他人事のように考え出す始末だ。
「俺じゃ、もう、ダメなのか……」
散々考えてやっと出た言葉は自分でも情けないほど弱々しく、独り言のように呟くのが限界だった。
「……うん。もう無理。」
「そうか……」
何を言っても沙織の心は変わらなそうだ。そもそも言葉なんて出てこないが。
いつから、どこから、気持ちがすれ違ってしまったのだろう。すれ違って、縺れて、絡まった紐は解けても元の形に戻ることはない。
「さよなら。」
沙織はそう言い残し、俺の元を去っていった。
9/17/2025, 5:47:14 PM