備忘録

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封筒を握りしめて俺は走った
俺はあの日から毎日路地裏へ通っている
あの人に出会ったあの日から

幼少期の俺の居場所はこの路地裏だった
ゴミ箱の残飯を食べ ダンボールで寝るのが日常だった
あの日も野良猫と身を寄せて寝ていた
するとそこに現れたのだ あの人が
俺は恐怖に包まれた 誰もが怖がるだろう あの見た目は
俺は腰を抜かして何も出来なかった
するとあの人はポケットからボールを出して芸を見せた
お世辞にも上手いとはいえなかったがあの見た目で必死になっている姿に俺は笑ってしまった
能天気に上手くない芸を見せてくれる姿を見ると
馬鹿馬鹿しかったのだ 生まれた環境を恨んでいた自分が
そして俺が持っていた布団替わりのダンボールにペンで「what's your dream?」
と書いた

あの日以来あの人は姿を見せてくれない
俺は憧れた そして努力した あの人になるために
そして俺は今日 あの人に近づけたのだ

伝えたい

「ありがとう」
誰にも見てもらえなかった俺を見てくれて 笑わせくれて 夢を持たせてくれて

「近づけたんだよあなたに 」
名前も 声も 性別も 何もかも知らないあなたに憧れて
がむしゃらに努力して

路地裏に着いたが案の定今日もあの人はいなかった
握りしめた封筒はくしゃくしゃで
額からは汗が流れていた
いつになったら会えるのだろうか
あの人は今どこで何をしているのだろうか

今日俺はあなたに近づけたんだ
興奮を抑えられない中頭の中でそう反芻しながら
くしゃくしゃになった封筒の中の書類を見る


〈ウェストサーカス団
       団員オーディション(ピエロ役)の結果〉
この度行いましたウェストサーカス団のオーディションにご参加頂き誠にありがとうございます。
厳選なる審査の結果、
○○様の採用が決定致しましたのでここに通知致します。
つきましては…


俺はあの日から毎日路地裏へ通っている
あなたに出会ったあの日から

俺はこれからも毎日路地裏へ通う
あなたにまた会うまで

あなたに感謝を伝えられるまで






2/12/2024, 1:08:11 PM