ある男が雑居ビルの上で一人、煙草を喫んでいた。
男は漠然と退屈を感じていた。大きな事件でも起きないかとぼんやり思っていたが、辺りではサイレンの音一つしない。うららかな日差しの下、誰もが欠伸を噛み殺しながら歩いていた。
男はふと暇つぶしを思いついた。何ということはない、ただ高所にゾッとすれば多少退屈も紛れるだろうと思ってのことだった。男はビルの縁に立ち、真下を覗いた。
その瞬間、一際強く風が吹いた。
「あっ」
往来の一人が足を止めた。近くで何やら大きな音がしたのである。音のした方を振り返ると、ビルの住人とおぼしき老婆が植木鉢をひっくり返してあわあわと戻している所だった。彼は拍子抜けして、また歩き出した。
穏やかな日だった。
1/7/2025, 1:52:34 PM