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お祭りで金魚を見つけた。
水の中できらきらと輝く小さな赤い魚。
ぼくは綺麗なものが好きだった。だから、金魚を掬って、水をたくさん詰めた袋に泳がせて家へ連れ帰った。
明日から、綺麗なこの子と一緒に暮らせるのだと思うと、少し寂しくて振り返るはずの帰り道も、今すぐに走り出したくなった。

次の日、ぼくは連れて帰ってきた金魚にご飯をあげた。お母さんが買ってくれた、魚用のさらさらした粒のご飯。こんなものでお腹いっぱいになるのかと思ったけど、金魚は沈む途中のそれをぱくりと上手に食べてみせるのだった。
これからも、この子と楽しく過ごせたらいいな。光る鱗はまるで晴れの日の着物みたいで、ぼくはうっとりしながらスマホのカメラを向けた。金魚は、どうだとばかりにその尾びれを振って見せるのだった。

1週間くらいしたとある日。
金魚は、元気がなかった。底の方に沈んで、目もどこかどんよりとしてある。ご飯も食べてはくれなかった。いつもなら水から飛び出ちゃうんじゃないかと思うほど元気よく向かってくるのに。
その日の夜は金魚鉢を布団の隣に置いて寝た。お母さんはぼくが躓いたらと心配していたけど、しばらく話して、金魚が元気になるまでの間ね、と言ってくれた。布団に横になると、金魚と目が合った。明日は元気になっていてくれたらいいな。

その次の朝。
ぼくは起きてすぐに、金魚鉢を覗き込んだ。
金魚は、白い腹を見せてぷかぷかと浮いていた。なんだか嫌な感じがしたけど、ぼくはお母さんを呼んで、金魚を見せることにした。
お母さんは、金魚を見ると、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。魚の病院に連れていこう、とぼくが言うと、お母さんは静かに首を横に振った。
金魚は、しんでしまったのよ、とお母さんは言った。
死ぬ、という事はよく分からない。きょとんとするぼくに、お母さんは、あの金魚にはもう会えないことを教えてくれた。

ぼくは静かにお母さんの話を聞いていたけれど。
急にぽたり、と涙が零れた。
ひく、と声が漏れて、それから。僕はわんわんと、もう涙が出ないんじゃないかってくらい泣いた。
もう金魚に会えないなんて考えたくなかった。
お祭りの金魚はこのくらいで死んじゃうものだから、ぼくは悪くないのだと、お母さんは背中をさすってくれた。

ぼくはその日、命、という言葉の意味を知った。
大きな命、小さな命、どれも終わりがあるのだと言うことも知った。もしかして、お母さんもいつかいなくなってしまうんだろうか。そんなことを考えて、お風呂の中でまたちょっと泣いた。
ぼくはその日、お母さんたちの布団で寝た。
温かくて気持ちがよかった。命、がいつか終わってしまうのならぼくはどうしたらいいのだろう。
考えても、考えても、ぼくにはまだ分からなかった。
まだまだ暑い風が吹いて。ちりん、と窓の風鈴が鳴った。

2/24/2024, 3:34:20 PM