休憩所に行くと、花畑が一人でいた。
俺を見るなり、ぎくりと顔をこわばらせる。わかりやすいヤツめ。
「や、薮さん。お疲れ様です」
「お疲れ。珍しいな、一人?」
「あ、はい。今日は、ちよっとーー」
言葉を濁して、すすすと戸口へ向かおうとする。
おいおい。
「そう逃げんでもよかろう、あからさまだぞ」
俺だって傷つく。避けられてる自覚はあるが。
「に、逃げてなんていませ」
ん。と言おうとして、ぐうううううと盛大に花畑の腹が鳴った。
!!? 俺たちは同時に顔を見合わせた。
花畑は真っ赤になった。そして硬直した。
「花畑、腹減ってるのか? 昼はどうした」
「お、お昼はその、たべてないです」
「なんで? ダイエットか」
「いいえーーはい」
とっさに本当のことが出て、すぐ嘘をついた。ったく、分かりやすすぎる。
「嘘をつくな、なんで食ってないんだ」
「そ、それはその……会社に着いて、携帯、水没させちゃって。お財布もうちに忘れたし。もうここでコーヒー飲んでるしかなくて」
めそっと泣きそうになる。
俺はつい声を上げた。
「携帯を水没させたあ?何でまた」
「話せば長いんですう〜」
うわぁんと本気で泣き出した。
やれやれ……何だか俺も泣きたくなってきた。
しようがねえな。俺は持参したランチボックスを花畑に差し出した。
? と目をこすりながら花畑が俺とボックスを交互に見る。
「食べなさい。まず食ってから事情を聞くよ。俺でよければ」
そう言うと、「え?でもこれ、愛妻弁当ですよね。頂けません」と抜かす。
「俺は独身だ。愛妻が居てたまるか」
「えー、じゃあ誰が作ったんですか」
「俺だよ」
答えると、本格的に花畑は固まった。
「薮さん、料理するんですか」
「悪いかよ、するよ」
「……」
「言わんでいい。似合わないとか思ってるんだろ」
「思ってます」
「お前なあ。食うなら食えよ。俺の料理食えないっつーなら返せ」
花畑は一瞬考えた。一瞬だけ。そして、
「食べないと査定に響きますか?」
派遣の自分の立場を気にする。阿呆と俺は一蹴し、「見損なうなよ。査定よりも午後の仕事に響くだろう、腹が減ってたら。食いなさい」
俺は再度促した。これで断られたら退こう。そう思っていると、おずおずと花畑はランチボックスを受け取り、テーブルに着いた。いただきますと手を合わせて箸を取り出し、食べ始める。
……。
箸使いも、所作もきれいだった。思わず俺は見惚れた。
はじめ、おっかなびっくりおかずを口に入れていたが、そのうちペースが上がった。もくもくと食べ、咀嚼し、俺の弁当は米粒は一つ残さず空になった。
完食。
花畑は満面の笑みをうかべ「ごちそうさまでした!美味しかったあ」と満足そうに言った。
ーー俺がこいつに落ちた瞬間だった。
大事に、俺の作ったものを平らげてくれたとき。全部腹に収めて嬉しそうに笑ったとき。満腹ーと天井を見上げたとき。薮さんて、見かけによらず繊細な味出しますねと気が緩んで調子に乗ったとき。
この子を大事にしたいと、痛烈に思ったーー。
「やぶと花畑2」
#大事にしたい
9/20/2024, 12:51:42 PM