町に見世物小屋がやってきた。娯楽にとぼしい田舎町の人々は、こぞってその見世物小屋に押し寄せた。入場料を払って入ってみると、そこにはオーナーがポツンと立っているだけだった。客は小屋中を見回すが何一つ見つけることができなかった。
「みなさまようこそおいでくださいました。今回の見世物小屋の目玉はこちらです!」
オーナーは小屋の中央を指差した。
「透明人間です!」
客は不思議そうに見つめるが、見つめたところで何が起きるわけでもなかった。
「ふざけるな、何もないじゃないか! そこに透明人間がいるっていう証拠を見せろ!」
客は憤慨して叫んだ。
「見えないのが何よりの証拠です」
オーナーはさらりと答えた。
「冗談じゃないぞ、この詐欺師め! 金返せ!」
すると別の客が口を挟んだ。
「例えば、透明人間に布などを掛けるのはどうでしょう? そうすれば透明人間の輪郭がわかるんじゃないですか?」
するとオーナーが冷静に反論した。
「残念ですがそれはできません。透明人間は触れたものもすべて透明にしてしまうので、布が触れても輪郭はわからないんですよ」
「え、昔見たドラマだと、着ている服は消えないから、透明人間は裸じゃなきゃいけなかったはずですよ」
「それは創作物のお話でしょう。実際に、ここにいる透明人間は触れたものを透明にしてるんですから」
「本当に?」
「ええ、いまTシャツを着ているそうです」
「どんな柄の?」
「……星野源のライブTシャツです」
「どうやって買ったんだよ」
「ネットで買えるんですよ!」
「だったら、そのTシャツを脱いでもらったらいいじゃないですか」
また別の男性が横から入ってきた。
「はい?」
「Tシャツを脱いで肌から離せば、その星野源のライブTシャツが現れるんでしょ?」
「あなたよくもそんなことを! こんなに大勢の前で透明人間さんに裸になれとおっしゃるんですか?」
オーナーが激昂した。
「本人の姿は見えないんだからいいだろ」
「失礼な! 見せ物じゃないんですよ!」
「いや誰が言ってるんだよ! 見せ物にしてるのはアンタだろ」
「あのー、だったら、布を被せたらいいんじゃないですか?」
「はい? それは意味がないってさっき言ったじゃ……」
「だから。布を被せて、それが透明人間に触れたら? パッと目の前から布がなくなるわけでしょ? それでもう透明人間がいるってわかるじゃないですか!」
「おお、そうだ! そのとおりだ!」
他の客たちが一斉に同意の声を上げた。
「落ち着いてください! そんなことは許可できません! そもそも見世物小屋の所有物に触れることは禁止です! 落ち着いてください!」
「ふざけるな! こっちは金払ってんだぞ!」
「落ち着いて、説明しますから!」
「先ほど透明人間は触れたものを透明にすると言いましたよね。みなさんは空気がなぜ透明なのか、考えたことはありますか?」
客たちはざわめき始める。
「……そうです。実はこの透明人間さんが、大気に触れているからこそ、空気は透明なのです」
「じゃあ本当の空気の色は何色なんだよ」
「……真っ黒です。透明人間さんに布を被せて大気に触れられなくなれば、目の前は一気に闇に包まれるでしょう」
「そんなことで騙されると思うなよ!」
客の一人がどこからか大きな頭陀袋を持ってきた。
「みんなで一斉に飛びかかれ! 行け〜!」
暴徒とかした客たちは小屋の中央めがけて駆け出した。しかし見えない相手は掴むこともできず、次第に混乱した客同士の乱闘と化していった。
「やれやれ、透明人間さんはもうとっくに小屋から脱出していますよ。こんなに大勢に狙われて、逃げ出さないわけがないでしょう」
この日、世界が闇に覆われることはなかった。
3/14/2025, 1:02:58 AM