薄墨

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くしゃくしゃに丸めた原稿用紙を放る。
ゴミ箱の淵にぶつかったそれは、ことん、と床に力無く落ちた。

入れたお茶を飲み干して、チャンネルを回す。
テレビはBGM。
目線は手元の原稿用紙に合わせる。

ボールペンを握り直す。
シャーペンでも鉛筆でもなく、消えないボールペンを使っているのは、ボールペンの色の方が、くっきりして書いた気がするからだ。
確信と自信を持って書けている気がするからだ。
本当はそんな自信も確信もないんだけど。

…しっくりこない。
俺は原稿用紙をまとめて、放る。
慣れないことはするもんじゃない。全然進まない。

始まりはいつも、アイツの一言から始まる。
行動力が抜群で、好奇心の塊みたいな、元気いっぱいなアイツの。

俺たちが、人生二回目の履修登録を済ませて、駄弁ってた時に、アイツはいつもの如く、突然に、言い放った。
「なあ、文芸部やろうぜ。今、ここのメンツで部活申請出したからさ。明日からよろしくな」

面食らったが、いつものことだ。
アイツは、思いついたらもうやらずにはいられないのだ。
そして俺たちは、それに抗えない。

「お前たちとの思い出がさ、形に残るもんが欲しいんだもん。な?文芸部なら一生残る思い出と、俺たちが一緒にいたっていう証拠がさ、残るじゃんか。俺たちの手元にも、学校のバックナンバーにも、さ。」

…こんなことを親友に言われて、抗える奴がいるだろうか。いや、いないだろう。

ということで、始まりはいつも突然に。
俺たちはとりあえず、大学の文化祭に向けて執筆にかかることになった。

初回だし、取り急ぎになるので、テーマも書く作品の形態も自由となったが…
…思いつかない。
自由と言われると、返って書けねえ。

俺は頭を掻きむしる。
……一体どうしろっていうんだ、あのバカ。
あの無鉄砲!横暴!行動力お化け!
俺は頭を掻きむしる。
くっそ、何か出てこないか…!?

唐突にスマホがなった。
アイツからのLINEだ。
なになに?…ああ、基礎教養の課題か。
確か今回の課題は文学史からだったよな。
「枕草子って随筆だよな?随筆ってエッセーだよな?」

…お前、一応、文学部部長だろ。
「まあ、合ってる」
「正しくはエッセイ、だけどな」
と返してやる。

するとすぐに返信が来た。
「んで、確認だけどエッセーって、自分の思ってることとか、実際起こったこと書いてんだよな」

打ち返す。
「まあ、そうだな」

返事は早かった。しかも連投。
「なんだよまあってwお前の口癖だよな、まあ」
「まあ、センキュ←マネしてみた」
「エッセーって難しそうだよな。俺、頭ん中お花畑だからぜってー書けねえわ、現実とか、今の気持ちとか。だって俺、そんな難しいこと考えてねえし」
「お前、ゲンジツシュギだから、今も小難しいこと考えてんじゃねーの?そういうの上手く書けそ」

勢いあまって尻尾の「う」を打ち損なった、アイツらしい返信を最後まで読んで、ハッとした。
エッセイ。
その発想はなかった。
いや正確には、エッセイって選択肢は目に入っていたけど、今の気持ちと現実を書けばいいなんて、思いつかなかった。

始まりはいつも突然で。
始まりはいつもアイツの一声。

俺はボールペンを握り直す。
原稿用紙を睨んで、一文書き出す。ペンが進む。これなら書けそうだ。

走り書きで三行くらい書いてから、アイツへの返信をしてないことを思い出した。
ペンを置くのももどかしくて、左手で液晶に打ち込んで返信する。
あとはもう、スマホなんか見ずに一気に書き上げた。

終盤まで書いて一息ついて、考える。
オチってどうすれば?
それも書き殴ってから液晶を見て、俺はなんとなくこれで〆ることにした。

「ありかとう」
「?打ち間違いじゃん、めずらしー」

10/20/2024, 1:39:20 PM