春一番

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とても不条理な夢だった。

それは青雲が死んでしまう夢。


何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、
青雲は死んでしまう。

ある時は首を吊り、ある時は腹を刺し、ある時は毒を飲み、ある時は屋上から飛び降りた。

だけどおかしいのだ。その全てで君は笑っている。まるでお気に入りの何かを見つけたときのように。そうして青雲は躊躇なく自分に手を下す。

蒼原はただ立っているだけだった。どこかで夢だと思分かっていつつも、頭では現実だと警鐘を鳴らす。



一体、どうしたら青雲は救われるのだろう。


結局、蒼原の叫び声は喉に張り付いて、口から出ることはなかった。


蒼原が目を開けると、見慣れた天井が広がっていた。時計は夜の2時16分を表示している。

「…酷い夢だ」

 蒼原はそう呟くと、静かにベッドから降りた。汗が背中にべっとりとついていて、喉が乾いている。水を飲もうと階段を降りていくと、リビングに光がついていた。ドアを開けると兄の竹凛がカップを持って、こちらをきょとんと見つめた。

「おはよう蒼原。随分お早いお目覚めだね」
「竹凛兄さんこそ随分と夜ふかししてるね」
「俺は大学院生だよ?論文の一つや二つ溜まっていたら寝る間も惜しんで書くものさ」
「ようするにサボっていたツケが回ってきたってことだね」
「そうともいう」
笑っている竹凛を横目に蒼原は棚からグラスを一つ取り出し水を注ぐ。それを一気に飲み干し、もう一度注ぐ。

「なんだ蒼原、思い詰めた顔をして。悪い夢でも見たのか」
「ああ、とびっきりの悪夢をね」
「そりゃあ災難。ちなみにどんな夢だったんだ?」

そう言われて、蒼原はグラスに注がれた水を見つめる。そこにはいつもと変わらない自分の顔が写っていた。


「大切な人が、僕の目の前で何度も死ぬ夢」


はっ、という乾いた笑いが蒼原の口から溢れた。

「僕は手をのばすことも、叫ぶことさえもできなかった」

胸がきゅっと苦しくなる。そして分かってしまった。きっと僕にとっての悪夢は青雲が死ぬことじゃない。死んでしまう青雲の側に自分が行けないこと、手をとって自分も一緒に死ねないことだと。その考え方にすら嫌気がさしてため息をついた。すると竹凛が今度は大声で笑った。

「ああ、我が弟ながら難儀なものだ」

ひいひい言う竹凛に、蒼原は顔をしかめた。

「なんなの…?」
「だって蒼原考えてもみろよ、それは所詮ただの夢だぞ。何をそんな深刻に考えるのか」

竹凛は笑い疲れたのか。テーブルに肘を付き笑顔で蒼原を見据えた。

「大丈夫だ、蒼原。だってお前は現実ではずっとあいつの手を引いている。お前はいつも見ている現実よりも夢を信じるのか?」
「いや、そうじゃないけど…」
「じゃあいいじゃないか、それはただの夢なんだから」

そういうと竹凛は背中を伸ばし立ち上がる。論文の続き書くわ、とリビングを後にする。その後ろ姿をぽかんと眺めていたが、ドアの閉まる音で我にかえる。

「なんで名前言ってないのに誰だか分かったんだ…?」
「わからないと思ったのか?ばーか」

ドア越しにそんな声が聞こえて、階段を軽快に登る音が響いた。テーブルを見ると飲みっぱなしのカップが置かれていた。これは片付けろと暗に言われてる。やられたと蒼原は顔を真っ赤に染めながらわなわなと叫んだ。

「こんのクソ兄貴!!」

きっと部屋で笑っているだろう竹凛に明日仕返ししてやると誓った。だけど、不思議とさっきまでのもやもやは消えていた。

「少しは感謝してやる」

カップとグラスを洗いながら誰ともなくつぶやく。ベッドに戻りもう一度ど布団をかぶる。目を閉じながら夢を思い出す。あの不条理な夢を。だけど

『今度はあの不条理な夢の中でも、青雲の手を引けそうだ』

と、ゆっくりと目を閉じた。

3/18/2023, 12:54:02 PM