NoName

Open App

 目がかゆくて、鼻水が出る。

 線路の両脇、陽光を浴びて夏草は密やかに茂っていた。風に吹かれるたび、ざわざわと波打つ草の列は、まるで海のようだった。自転車を漕いでも漕いでも、海は途切れない。

 ここから花粉がやってきたのか。
 暑いのにマスクしないとな……。

「というわけで、アレルギー検査をしようと思うんですよ」
 そう言った私に、先輩は訝しげな顔をした。

「風邪じゃなくて、アレルギー?」
「はい。目がかゆいので、間違いないです」
「そっかあ……それたぶん、ブタクサだよ」
「えっ?」

 ブタクサ。その葉はぎざぎざに尖ったアイツ。でも、ブタクサは秋の植物じゃないか。

「ブタクサには早いんじゃないですか?」
 首を傾げる私を見た先輩は、ふっと笑って、カレンダーを指さした。

「8月29日。暑いけど、ブタクサは暑さ関係なくやって来るのよ。秋の暦が近づくとね」

 秋の訪れはブタクサが教えてくれる。
 全然、風流じゃない。けれど、鋭敏に。

8/29/2025, 3:43:57 AM