ことり、

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七色


少年にはちゃんとした名前があった。
しかし周りの人々は少年をこう呼んだ。
「ナナ様」と。


「ナナ様っ、早う服を!わたくしが
叱られてしまいますっ!」

「そんなに服が着たければ、
お主が着ればよい!」

ナナ様と呼ばれた少年は、
窓のない狭い部屋を、半裸で
乾かしきれていない髪を振り乱し走り回る。

教育係の小太りの女は、ドスドスと
音を立てながら追いかけ、
なんとか服を着せた。
ランクの低い糸だが、絹の服だ。

教育係は、少年の髪と服をざっと整えると、
額に青筋を立てながら部屋を出た。
今日こそ、今日こそお暇(いとま)を
願い出ようと思いながら。

1人部屋に残されたナナは、
ふと部屋の隅の黒い点に目を留めた。
そっと近寄ると、それは点ではなく、
蜘蛛であった。

「お前は蜘蛛だな。御本で見たことがある。
巣をかけて自分より弱い虫を捕らえて
喰うのだろう?しかし巣はないな…。
お前も1人か?」

蜘蛛とナナは、しばしお互い黄金(きん)色の瞳で見つめあった。

蜘蛛はスッと物陰に隠れてしまった。
「…また、会おう」
ナナは呼びかけた。

1週間ののち、別室で新しい教育係の男が、
書類を眺めていた。
書類を置き、顔をしかめ、
フーッと息を吐いた。


「ナナ様か…。空に浮かぶ虹のようには
決して生きられないのに。
なんなら雨が上がれば消えてしまう
運命(さだめ)なのに、
なんだって先帝はこんな名前を…」
彼は独りごちた。

書類には、「〇〇〇〇院 七色 なないろ」
とナナの本名が書かれていた。

「先帝の後落胤(ごらくいん)七色様」
である。

彼がのちの王朝の始祖になることは、
また別の物語である。


*後落胤…身分の高い男性が正妻以外の女性に生ませた子どものこと

3/26/2025, 11:42:28 AM