徒然

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「きさらぎ駅って知ってる?」
 近くに座っている女子高生が何やら楽しそうに会話するのが聞こえてきた。
 懐かしい響きだ。確かそんな都市伝説が流行っていたっけ。電車を乗り過ごして気付くと知らない駅に着いていて、そこには「きさらぎ駅」と書かれていた――とかそんな話だった気がする。行った人は戻れないんだっけ。だとしたら、誰がそれを掲示板に載せたんだって話だ。
 そういえば、最近その都市伝説を元にした同名の映画が動画サイトに上がっていたのを見た。あれはあのサイトオリジナルの作品だったんだろうか。ホラー映画は好きだが観るのはいつも洋画ばかり。邦画となると、ホラーでも、貞子とか伽耶子とか有名どころの作品しかわからない。そういえば、貞子と伽耶子が戦う映画もあったよな…。予告を見た位だけど、電車にも乗っていた気がする。そのうち貞子と伽耶子がきさらぎ駅に行って恐怖の三つ巴になる作品とか出たりして……。
 1人でそんな妄想続けながら電車は一駅、また一駅と進んでいく。鈍行列車の帰宅ラッシュど真ん中。当駅発に乗ったので座れてこそいるが、電車の中の人口密度は考えたく無い。空調も効かず汗と脂と香水と柔軟剤と…この時期なら制汗剤という可能性もありそうだ。とにかく色んなものが混じった嫌な臭いが車内に充満していた。
 とはいえ乗り始めて10駅近く乗っている。もうむわっとするその臭いを感じられない程に鼻が慣れてしまっていた。
 満員電車の鈍行に乗り始発から終点まで2時間の電車通勤り今日も高生生の話に耳を傾けてはそこから妄想を広げていく。これが私の通勤時間の楽しみである。スマホを見るのも本を読むのも悪く無いが、2時間の間沿線沿いに多数ある学校の高校生が乗り降りする電車で会話を盗み聞きするのは面白い。
 高校生というのは、やはり時代の最先端をいっている。というのが私の持論である。いつの時代でも、流行の最先端は高校生だ。自分もそうだった。今でこそしがないOLで、髪も暗い茶色にオフィスカジュアルな洋服、黒いバッグなんて面白みの無い格好をしているが、高校生の時はそれは派手だった。
 きさらぎ駅の噂が流行った2000年代。聞くところによると最近はその時代のファッションが再ブームきているらしい。そんなのもあってさっきの女子高生もきさらぎ駅の話をしていたのだろうか。
 言われてみると、最近の若い子を見ていると自分の時代に流行ったものを身に付けている事が多いと思う。
 レッグウォーマーにアームウォーマー、厚底の靴やミニスカ、ヘソ出しスタイル。昔と全く同じでは無いがらあの頃のファッションを更にパワーアップさせたような出立に懐かしさを感じるのは確かだ。
 やっぱり自分達が着ていた頃のファッションに近いものを見ると可愛いと思う反面、再ブームと呼ばれる程時が経ってしまったのだと実感する。
 それもそのはずだ。ブームは大抵10年周期らしいじゃ無いか。40代を間近に控え、高校生だった頃など20年近く前の話である。流行りが戻ってきてもおかしくない程には歳をとってしまったのだ。
 しばらくしたらスマホをデコったり、バッグに大量のキーホルダーが付くのだろうか。付けまつ毛を重ね付けし長い付け爪をデコったギャルや、真っ黒く焼いて髪や服を盛るヤマンバギャルなんかが、パワーアップして戻ってくるのだろうか。そもそもギャル自体最近じゃ絶滅危惧種だと思う。そういえば、森ガールなんてのも流行ったっけ。
 森ガールもパワーアップしたら面白いな。しかしギャルも森ガールもあれはもうあの時代だけのものなのだろう。なんとなくだが、そんな気がする。
 どれだけ流行が周ろうと、その時代を象徴するものっていうのは、ずっとその時代だけに残ってしまっているものだ。受け継がれる事がないからこそ、象徴と呼ばれるのであろう。
 と、そんな妄想を繰り広げていたら、いつの間にあの女子高生達は居なくなっている。きさらぎ駅の話を、もう少し聞きたかったな。惜しい事をした気がする。話をしている女子高生に直接聞く訳にもいかないが、懐かし名前がまた流行ってるのだとしたらなんとなく嬉しい気持ちになるものだ。それが例え都市伝説だとしても。
 そういえば都市伝説という存在自体最近では聞かないなと、ふと思った。昔は、それはもう都市伝説が流行っていた。テレビでもよく取り上げられていたし友達ともその話題で盛り上がっていたっけ。そうか、それももう昔になってしまったのだな。そう思うと少し寂しい気持ちにすらなる。
 10年一昔と言うなら、私の青春はふた昔も前になってしまう。流行りが戻ってきたと言われ、あの頃の思い出が懐かしいものとして語り継がれる事も無くなってしまう。寂しいな、これが歳をとるということ…つまりは人生の終点に向かうという事なのだろう。うん。上手い事を言った気がする。
 頭の中で誇らし気な気分になっていると、車内アナウンスが流れた。
「まもなく終点〜終点○○でございます。お降りのお客様は〜……」
 タイミングが良い。本当に終点が来てしまった。いつもより早い気もするが、楽しい事を考えているとそんなものだろう。
 速度を落とす電車。私は抱えていた荷物を手に持ち、ドアの方を見つめる。そういえば今日はやたらと外が暗い気がするな。気の所為だろうか。天気予報では晴れだったと思うのだが…まだそこまで暗くなる程遅く無かった筈だ。
 スマホで天気予報を確認しようと思うと圏外になっている。おかしいと思い顔を上げると車内には自分以外居なかった。
「おっと……?これはどういう事だ……?」
 電車が止まり、ドアが開く。さっきまでは確かに、車内に人が居たし、最寄りの駅に向かっていた筈なのだが何処で間違えたのだろう。
 車内の電気がチカチカと点滅する。早く降りろという事だろうか。この展開は予想していなかった。
 私は立ち上がり、恐る恐る駅へと降り立つ。私が降りたのを確認したかの様に電車は扉を閉じ、また何処かへ向かって走り去ってしまった。ここは終点、奥に線路は無いはずなのに、繋がっている線路の奥は暗闇で何も見えない。
 見慣れない風景に古びたコンクリートの駅。チカチカと点滅する街頭が青白い光でその看板をやけにはっきりと映し出していた。
『きさらぎ駅』と。


【きさらぎ駅】 #終点

8/10/2023, 10:17:12 PM