みんなを救いたい、それもまた呪いなんだね
昔、有名な人形屋敷があった。
とある資産家が建てた広大な敷地を誇る屋敷は、人形好きな当主が人形のためだけに建てたそうだ。当主亡きあと一族全員が気味悪がって放置され、経営が傾いたとき真っ先に売られた。跡地には大学が建設され、たくさんの優秀な人材を世に輩出した。
ただ一つ、特に優秀だった生徒は学校内で一時的に行方不明になる。期間は人それぞれだが、帰ってきた直後は酷く錯乱しているが落ち着くと誰よりも真面目で勤勉な生徒になっているらしい。
呪われていると噂されるも、得しかない結末に祝福だという噂の方が圧倒的だ。
そんな呪いだか祝福だかに巻き込まれた私。
綺麗なお屋敷で目覚めてから、電気はつかず真っ暗な廊下を駆け抜け、しつこく追いかけてくる人形から逃げ回っていた。何度か捕まって変な部屋に引きずり込まれたが、レポート資料用に持っていた読経全集を読み上げて対処した。
大声で音読しながら走っていたら大量の人形が明かりのついた部屋に群がっているのを見つけた。ボロボロな割にかなり頑丈なようで人形の顔が恐ろしく歪んでいる。
私の読経に気づいた瞬間、今度は皺くちゃな顔をして逃げていった。苦手なピーマンをみつけた子供みたいな顔だった。
ノックしたら壊れそうだったから、思い切りよく元気に扉を開けた。人間がいた、同年代くらいの男女が数人。近くにいた男性が私を引き込んですぐに扉を閉めた。外からみたらボロボロだったのに内側は傷一つない綺麗な状態だ。不思議だな。
軽く自己紹介とここまでの経緯を聞いた。私だけハブられてた。脱出せよとかふざけんな、玄関スルーしてきちゃっただろ。
道はある程度覚えているから全員に読経本渡して案内することにした。人形に驚いて読経をやめた人から襲われた。助けにいって読経を読むのを忘れて叫んだ人も襲われた。ズルズルと芋づる式に人が減って、残ったのは私と同じ年の女性だけ。私たちも助けようとはした。だけど引きずり込まれた部屋に入ったらもう人も人形もいなかった。
念の為屋敷内を一周してみたけど誰も見つからない。しかたないから2人だけで脱出することになった。
1体だけ玄関に佇む和装の人形がいた。静かに微笑んで、
「あの人にそっくりね」
慣れた手つきで玄関を開けて見送りしてくれた。和装なのに明るい髪色と瞳で、背の高い美しい女性。入学したときにみた人と、よく似ている。
戻ってきた。
教員と理事長におかえりと歓迎され、母親には心配させんなとビンタされ、たった一夜とのはずがひと月経っていたことに驚愕した。
隣りにいたはずの同じ年の女性はいなかった。長い黒髪の清楚な人。一見気の強そうなつり目だが他の人をずっと心配していた優しい人。
私以外はみんな何かを察して黙ってしまった。
「ようやく1人目ですね、奥さま」
人形のように美しい容姿の女が嗤う。明るい髪色と瞳が気に入られただけの汚らわしい売女め。
この屋敷ごと、みんな燃えてしまえ。
誰も助けてくれないのに、救う必要ないのよ
【題:夏の匂い】
7/2/2025, 1:04:56 AM