お題:「そして、」
注意 ※ホラーです。苦手なかたはご注意ください。
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部屋を片付けていると、押し入れの奥から見覚えのない小さな段ボール箱が出てきた。
開けてみると、箱の中には一冊のノートが入っていた。
「これは……何だっけ……日記かな?」
どこにでも売っている、A4サイズのノート。
一人暮らしなのだから、どう考えても私が書いた物なのは間違いないはずなのだが。
一体、何が書いてあるのかさっぱり記憶にない。
ノートを開くと、最初のページには左上に小さく「そして、」とだけ書かれていた。他の行には何も書かれていない。
「何これ……?」
裏返すと、背表紙の下のほうに小さく「茜川 佳奈」と書かれていた。
……私の名前だ。やっぱりこれ、私が書いたノートなのかな……?
少し、好奇心がくすぐられて、私は次の頁を捲ろうとした。
その時、電気が一瞬だけ明滅して、すぐに元に戻った。
おかしいな。昨日の昼に替えたばかりなのに……。
このマンション自体が古いので、配電設備が壊れかけているのかも知れない。
あまり続くようなら、面倒だけど役所か業者に連絡しないといけないな。
そんな事を考えていると、飼い猫の『つな』が小さく一鳴きしてから部屋に入ってきた。
「つな。 珍しいね」
普段、この子は私の部屋にだけは何故か頑なに入って来ようとしない。
無理に抱き抱えて入れようものなら、私の腕を噛んででも逃げ出すぐらいだ。
理由は分からない。
しかし、無理強いする理由もないので放っておいたのだが。
「なあに? ご飯ならもうあげたでしょ?」
私はつなを膝に乗せようと手を伸ばした。
が、つなはくるりと踵を返し、何も言わず部屋を出ていってしまった。
「なによ。 変なヤツ」
私は少し寂しさを覚えつつ、気を取り直してノートに手を伸ばした。
最初の頁をめくり、次の頁へ指をかける。
が――。
「……あれ?」
開かない。
まるで糊でひっつけられたかのように、びくともしないのだ。
そして、気が付いた。
少しだけ捲れた頁の端から、二頁目の角が見える。
その色は、白ではなく黒。
乱暴に、がしゃがしゃと筆を走らせた隙間のある黒ではなく、まるで墨に浸したような真っ黒だった。
「なによ、これ……」
私は流石に薄気味が悪くなり、手早くノートを元通り箱に戻して蓋を閉め、押し入れの奥へと放り投げた。
そして、押し入れの戸を閉めようとしたが。――何かに引っ掛かって、戸が閉まらない。
いくら力を入れてもびくともしない。
その時、スマホが鳴った。
件名もない差出人不明の一通のショートメール。
開くと……そこには「そして、わたしは」とだけ書かれていた。
「何これ……誰?イタズラにしてもダルすぎでしょ」
私は少しいらっと来て、スマホをベッドに投げようと顔を上げ、そして、見てしまった――。
押し入れの暗がりの中から、白い顔の女がじっとこちらを見つめていることに。
私は自分の部屋から逃げ出して、裸足のまま玄関から外へと飛び出した。
全身が総毛立ち、心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動し、気が遠くなる。
私は無我夢中で階段を目指し、廊下を走り抜けた。
最悪なことに、私の部屋は二十階建の高層マンションの最上階で、一階まで階段で降りるのはかなりの時間が掛かる。
しかし、エレベーターを待ってる時間でさっきの女が追い付いて来るかもしれない。
エレベーターは使えない。
私は足を止めず、飛び降りるように階段を駆け降りる。
早く、早く、早く――!
しかし、次の瞬間――私は足を滑らせて階段から落下し、勢いのまま踊り場の手すりに捕まった。
が、その衝撃で老朽化した手すりがへし折れ、私は十九階からまっ逆さまに夜の闇へと投げ出された。
血だまりの中に沈むスマホの通知音が鳴る。
ひび割れた液晶には、新たに届いた差出人不明のショートメールが勝手に開いて表示されていた。
そのメールにはこう綴られていた。
「そして、わたしは、しんでしまったの」
10/30/2025, 2:48:23 PM