「お花が良い」と言って譲らないので、そうした。何が良いのか聞いても子は泣いて答えられなかった。もう売り場の布を引きちぎる勢いだったから買った。いま、子供部屋の名残はそれだけで。
「新居のカーテン決めるんだけど。花柄にするの、良くない!?」
わたしは思わず、今日にでも買いに出掛けそうな子を見遣った。ゆっくり紅茶を飲むわたしと違って、空のカップは遠ざけて薄いカタログを広げている。同じような柄を探して掲げ、違うなとこぼす。
「絶対良いよ、朝さあ、透けてさあ、綺麗でさあ。俺、あれ好きだし。楽しみ」
はて、あの歳で売り場の照明の下、そこまで想像できるだろうか。別の場所でその光景に憧れたのだろうか。
ずっと昔の、カーテンとして掛ける前の布を、目いっぱい抱き込む姿が蘇る。わたしの知らないどこかでうつくしいものを知り、生活に加えた小さな子が。
以降わたしの方が、あなたが選んだのだからと大切にしていた気がするそれが、報われたと感じた。小さな子の願いを解き組み立てる時は長い安穏を予感させる。過去なら己の徒労に愛を見出す。
引っ越しに忙しくて欠かした緩やかな時間を取り戻したようなひとときだった。
「そうだったのか。初めて知ったよ」
だのに、子というと。あんまりにも昔のことすぎて売り場の出来事なんか覚えていないようで、「父さんのお気に入りなんでしょ? 流石に持って行けなくてさ」と笑った。
数秒、目を瞑って息を吐く。覚えてなくとも良いのだと諦めるには思い出に浸りすぎていたので、わたしは黙ってカップに口をつけた。
またひとつ、息を細く吐き出して、笑顔を作る。
「……持って行って良いよ」
「本当!? やった!」
まあ、例え泣いて縋られても可愛いものだが。
10/11/2023, 12:28:26 PM