薄墨

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重ね合わせた手のひらの中で、齧歯類がゴソゴソと動く。
生き物のあたたかさだ。
あたたかい。

「あたたかいね」
隣で、同じように齧歯類を手のひらの中に閉じ込めた君が笑って、そう言った。

トクトクと、あたたかさが手の表面から伝わってくる。
「あたたかいね」
私もそう返す。

私たちの故郷、地球号第五星には生き物はいない。
あたたかく発熱し、もこもこと動き回る、地球号第一星のような生き物はいない。

遥か昔、「地球号」すなわち、地球生まれの人間という種族が暮らしている星は、たった一つだった。
その星が地球号第一星だ。

やがて人間が増え、地球という星、つまり地球号第一星では全ての人間の衣食住が賄えなくなった頃。
人は他の星に進出し、地球号第一星よりもずっと効率的に生きていけるように、その星の無機物を活用して、人が人のみが生きていける環境を作り出した。

それが地球号第二星。

それから、人が増えるたび、地球号はどんどん増えてゆき、環境はどんどん無機物主体で、効率的で、合理的な環境になっていった。

第五星では遂に、無機物から作り出される栄養素で作られる、特定のカプセルや食料で生きていける星となっていた。
そして、無機物から作り出される徹底的に管理された環境サイクルが、私たちの生活を支えていた。

そのため、第五星は人が生きるには最適な環境で、働く必要も競う必要もない、素晴らしく平和で天国のような星となったのだ。

そして、この星に生まれこの星に住む私たちはもはや、作られた第五星の管理された環境にのみ、適応した人間であった。

第五星の生き物は人間だけ。
あとは徹底的な管理環境。
これは研究結果による絶妙なバランスで成り立っており、ノイズとなる第一星や第二星の生き物が運ばれてくれば、この脆い環境は瞬く間に崩れ去ってしまうのだ。

だから、働く必要のないこの星でも、職業として成り立つ仕事があった。
それが私たち、星間関門警備隊だ。

私たちは、この第五星に忍びくる、生き物たちを殺す。
この星の環境を守るために。

第一星や他の星から来たものを調べ、この星をくまなく調べて、環境を壊す生き物たちを処分する。
それが、第五星に適応した、第五星の住民たちの生きる術。

私たちは生き物のあたたかみを握りつぶす。
握りつぶすためにここに来たのだ。

齧歯類は、私たちの手の中でまだ蠢いていた。
「あたたかいね」
君がそう言う。

「そうだね、あたたかいね」
私はそう返す。
「おぞましいね」

君はゆるりと頷いて、語気を強める。
「そうだね。このあたたかさが、僕たちを滅ぼすんだ」
「そうだね」
私も頷く。

私たちは手の中に力を込める。
ゆっくり、ゆっくり、強く、強く。
おぞましくもなぜか心地よいあたたかさを、感じながら消すために。
生き物のあたたかみを失わせるために。

齧歯類は、手の内で暴れ回る。
「あたたかいね」
私は言う。
「あたたかいね」
君が笑う。

1/12/2025, 5:28:28 AM