『春恋』
「ごめんね、課題が終わらなくてさ〜! 待った?」
「……うん、結構待ったな〜」
「ちょ、そこは待ってないって言うとこ! ……ごめんね、煌驥」
「冗談。本当はそんなに待ってないよ。行こうか」
「うん」
高校に入学して二年。もう一年以上付き合っている彼女の春夏冬小夜と校門で待ち合わせをしていた。
小夜は僕から見てもとても可愛い。それは僕の通う学校のカーストでもトップに位置するくらいには。
大切に手入れされているのがわかる茶色のボブ(親の遺伝らしい)、整った顔立ちは見た人々を惹きつけてしまうほどに綺麗だ。誰にでも分け隔てなく接する明るい性格、勉強は少し苦手みたいだけど運動は得意な、そんな自慢の彼女が春夏冬小夜である。
「本屋だっけ?」
「そうそう! 最近出た漫画が面白くてさ! 買いたいと思って! ごめんね、付き合わせて」
「謝らないで。ほら、早く行こう」
「うん!」
小夜がさりげなく手を繋いでくる。僕もそれを握り返し、歩き出す。
「今日学校でさ、叶《かな》ちゃんが授業中に寝てて先生に——」
「そうなんだ。大丈夫だったの?」
小夜と雑談しながら本屋へ向かう。少しの時間でも共有出来たことが心の底から嬉しくて、それだけで笑顔になってしまう僕はチョロいのかなと思ってしまう。
本屋に着いた小夜は目当ての漫画を買い、小夜の家へまた並んで歩く。
「送ってくれなくても良いよ?」
「大丈夫、送らせて。もう暗くなっちゃうしさ。小夜は可愛いから怖いんだ。信頼してないって訳じゃないんだけど、許して」
「……そ、そっか。なら、頼もうかな」
空いている手で赤い顔を隠すその仕草は愛らしく、心臓が激しく脈打つ。
『…………』
会話が無くなってしまい、僕達の間に静寂が訪れる。
「……ねえ、煌驥」
「ど、どうした?」
いきなり話しかけられて動揺し、声が震えた。
「……ありがと」
「……うん、どういたしまして」
片方の手から伝わる温かい感触は柔らかく、そして僕の手より小さくて、僕は笑みを浮かべた。
ある春の夕暮れ、橙色に輝く街に恋の花が咲いている。
4/16/2025, 8:10:40 AM