神奈崎

Open App

 かれこれ三日は連絡が付かないの。共通の知人に言われ楓が通い慣れてしまった他人のアパートでは、ボサボサの金髪三つ編みの幼女もどきが国宝の前でマスクと手袋をした姿でとろけきっていた。
「はぁぁぁぁ……やっぱりガレリアッゾの作品はたまらないなぁぁぁ……この造形美……配列……最高……」
 合鍵で入って来るのは一人だけだからか、無防備に椅子に座りつつも机の上に頬をぺたりと乗せ、真っ赤なサテンのクッション上に鎮座する美術品かくやのティアラを眺めている。……かくや、ではなく、本物、なのだが。
「アニエス……お前シャワーは」
「手袋とマスクは半日で替えてるよ」
「シャワーしろ!」
 体格差にものを言わせ小柄な娘をシャワールールに押し込み、楓は改めて机上にあるものを見た。煌めく石の数々、美麗な配列のティアラが、彼女の持つ図録にそっくりそのままの姿で鎮座している。曰く付きの作家が手がけた作品の一つが、美大生のだだっ広いリビングルームに鎮座する姿は違和感の一言に尽きる。
 何故美術館の図録に乗る国宝が一個人の室内にあるかといえば、返却予定はあるが無断拝借、とどのつまり泥棒である。楓は作家の持つ噂――曰く一度だけ願いを叶える――に頼るため、アニエスは俗に言う『推し』作家の作品を堪能するため、犯罪の自覚を持ちながら綱渡りの所業をしている。
「半年、か……」
 犯罪の片棒を担ぐ変人との約束を思い出し、椅子に腰掛け背もたれに頬杖を付く。神仏に縋るより毛ほどマシな噂にやはり縋る楓の願望が叶わずとも、犯罪行為は一年限り。何せ留学期間が一年なのだ、経済事情を鑑みれば長い方である。
 これからを考えると憂鬱の一言に尽きる。重い気持ちに引っ張られ項垂れてからのけぞれば、烏の行水並みの速さでシャワーを終わらせてきたアニエスが逆さまに映った。
「やっほー楓クン。何か食べる?」
「俺が適当に作るから、お前は髪をちゃんと乾かして来い」
 美大生のくせして、いや逆に美大生だからか、アニエスは食にさほど頓着してない料理しか生み出せない。お決まりとなった「ふわふわくるくるの卵焼き待ってる!」と明るく告げシャワールームへ戻る小柄な背を見届けたが、すぐ顔を出す。
「今夜返しに行くね」
「あぁ」
 簡潔な報告を受けて、楓は改めて返却秒読み盗品を眺める。こんな、犯罪までして願い事が叶うなら、どれだけいいか。


【善悪/奇跡レベルの願望を持つ青年と美術史専攻娘】

4/27/2023, 9:51:52 AM