10月。晴天。
私は友人のリコと2人、母校の中学校を訪れていた。
今日は運動会。リコの弟のショウタが出ているので、その観戦に来たのだ。
「まもなく保護者の方による綱引きが開始されます。参加をご希望の保護者の方は、グランド中央付近にお急ぎください」
平坦な声でアナウンスがかかった。
途端に、リコに腕を引っ張られる。
「ほら、アオイ!行くわよ!」
「えー、私も参加すんの?運動不足の大学生に綱引きはきついって」
最近すっかり運動しておらず体力ゲージが短い私としては、なるべく参加したくはなかった。
「何言ってんの。あんたも参加すんのよ。参加賞も出るわよ」
「参加賞?何?」
「学校名入りフェイスタオル」
「え、要らない……。リコだけ参加してきなよ。私ここで見てるし」
「まあまあそう言わず!あんたが出たらショウタも喜ぶわよ!」
「え、そう……?ならしょうがない、出るわ」
リコの言葉に負けて、腕を引かれるまま、グラウンドの中央付近へ歩いた。長い綱がまっすぐに伸ばされて置かれている。ショウタは紅組なので、私たちも紅組の側に立った。
ふと、紅組の生徒応援席を見ると、ショウタがこちらを見ていた。目が合った途端、そらされる。
リコと私は中学からの付き合いで、ショウタのことも小さい頃からよく知っている。私にとっても弟みたいな存在だ。昔は家に遊びに行けば「アオちゃん!あそんで!」とよく甘えてきたのに、最近は目も合わさず軽く頭だけ下げて、さっさと自分の部屋に引っ込んでしまうようになった。今、ショウタは思春期というやつなのだと思う。それを私は少し寂しく思っていた。
体育教師の合図で、みんなが綱を握る。
明日筋肉痛になってもやだし、テキトーにやればいいか、と思いながら、私も綱を握った。
ピーッという笛の音とともに、競技が始まる。
「オーエス!オーエス!」
周囲から掛け声が上がる。え、そんなにガチでやるの、と思った。
応援席からも、親や兄弟姉妹を応援する声が聞こえてくる。こっちも一所懸命だ。
えー、私もガチになんなきゃだめかな、なんて、考えていたとき。
「リコ姉、アオちゃん、頑張れーーー!!!」
ショウタの声だった。ちらりと視線をやれば、顔を真っ赤にして声を張り上げる姿が見えた。
なんだよ。こういうときは一所懸命になって応援してくれるのか。可愛いとこあるな。
そう思ったら、つい、綱を持つ手に力が入った。腰を低くして、後ろに体重をかけて、思いきり綱を引いた。
周りと一緒に「オーエス!オーエス!」と叫ぶ。
いつの間にか、明日の筋肉痛のことなんか頭から飛んでいた。
ピピーッと終了の笛が鳴った。
「紅組の勝利です!」と体育教師が言った。
自然と拍手が起こる。
隣でリコがガッツポーズをしている。
他の大人たちも、ハイタッチしたり、お疲れ様と言い合ったり、それぞれに感情を分かちあっていた。
私は、ショウタの方を見た。ショウタもこちらを見ていた。どちらともなく、親指をグッと立て合う。私たちは、笑い合った。
いつの間にかかいていた汗を拭い、空を仰ぐ。空は高く、気持ちよく晴れ渡っていた。
10/19/2024, 8:36:54 AM