︰形の無いもの
いつでも笑みを絶やさず大切な人ばかり優先し、大切な人がいなくなれば憔悴するのに自分はあっさり人の前からいなくなる人。「あなたに幸せになってほしい」「あなたの幸せを考えている」「あなたの幸せを祈っている」という意識は強いけれど「幸せ」の中に自分を含めない人。
儚い人。
脆く、淡く、消えやすい。
どれほど疲れていようとどれほど辛かろうとどれほど擦り減っていようとそれを認識しようとしない人。自覚できない人。自身の目から涙がこぼれようと「どうして泣いているんでしょうね」と笑う人。
鈍感と言うには歪すぎる人。
いずれ壊れる、長くは続かない。
花吹雪が似合う。手を伸ばして舞う花びらを捕まえようとする少しの無邪気さ、そのまま桜に攫われてしまいそうで。
夏の夕が似合う。ひぐらしが鳴り響く頃、じっとり揺れる濃い朱を背負い、指を組んで微笑む様はどこか不安定で不気味とも呼べる。
秋の昼が似合う。ダルトーンの服を身に纏い、公園のベンチに腰を下ろしてそっと本のページを撫でている指先、ぽっきりと折れてしまいそうで。
冬曙が似合う。駅前でマフラーに顔を埋めながらかじかむ手を擦り合わせ、淡い空を見上げている寝ぼけ眼、一度閉じてしまえば二度と開かないんじゃないかと。
貴方は不安定だ。
それともこちらの目が歪んでいるのか。
貴方が危うく映って見える。
やわい頬を抓っても、きっと現実とは気づかない。
冷えていることも露知らず目が合うたびに微笑む人よ。貴方は「寒いのですか」と尋ねながら手を取って「なぁんだ、良かった、体は温かいじゃないですか」と、そう、言う。
貴方が寒がっているのに。貴方が震えているのに。貴方の身体が冷えているのに。
貴方は己の指が震えていることを知らない。気づかない。見ない。認識しない。
「あなたの心が満たされることを、あなたが幸せになることを、祈っているんです」
指を組む人。
形の無い心というものを信じて見て、目に見える手の震えは信じない。
見えるほうが嫌なのか、形の無いほうが都合が良いのか。貴方は自らの手を「綺麗じゃないから」と。
貴方の手を掴んだつもりが、そこには何もなかった。
9/24/2024, 5:20:05 PM