『空に向かって』
空に向かって、ぐんぐんと体が昇っていく。
アテナの神像や十二宮の火時計は既に遥か下、首を巡らせば大きな月が眼前に見える程の高さまで来ていた。このまま上昇を続ければ、大気との摩擦熱に耐え切れずやがて体は燃え尽きてしまうだろう。
だが、それでも背後のこの男は、その瞬間まで決してオレを抱える手を放さないであろう事が確信できた。
その男は、オレに青臭い説教をしてオレを倒すと息巻いていた。オレにとってはその男も今まで倒してきた男と同じ、口だけは立派な下らない男だと思っていた。所詮力なき者の戯言、命の危機が訪れれば前言を撤回し無様に命乞いをするものだと思っていた。
しかし、その男は違った。聖衣をバラバラにされようが、どれだけ切り刻まれようがその目は輝きを失う事はなく、命の灯が消えかけようとも、いやまして輝きを増していた。その小宇宙は、黄金聖闘士であるオレをも凌駕した。
そして、オレを倒すためにいとも容易く自らの命を捧げた。何故そのような事が出来るのか。オレの叫びにその男はさも当然の如く答えた。アテナのためだ、と。
オレは衝撃を受けた。この世に、このような男がいたとは。まさにこの男こそ、真なるアテナの聖闘士に相応しい。
だが、このままではこの男はオレと共に宇宙の塵となるだろう。
死なせたくない――つい先程まで敵対していた相手にオレは心の底からそう思った。このような男こそ、これからの聖域に必要なのだ。そう思ったオレは、自らが纏う黄金聖衣に語り掛ける。
山羊座の黄金聖衣よ、お前が守るのはオレではない。この男こそ聖域を、アテナを、地上を守る真の聖闘士だ。これからの聖域に必要な男だ。黄金聖衣を纏う資格があるのはオレではない、この男――紫龍だ。紫龍を守ってくれ。死なせないでくれ。オレの命は喜んで差し出す。だから、どうか、この素晴らしい男を地上に帰してやってくれ。それが罪と業に塗れたオレの、最期の願いだ。
4/3/2025, 4:10:42 AM