君は今
病室。一人の老人が、家族に見守られながら最期の時を過ごしていた。呼吸も浅くなり、声を出すこともできず、ただ家族の声をじっと聞いている。
老人は自分の生きた八十年余りの人生を振り返っていた。三兄弟の末っ子に生まれ、よく笑う元気な母と優しい父に育てられた。臆病な性格でよくいじめられていたが、二人の兄達がいつも助けてくれた。近所の犬によく追いかけられ、犬が苦手だった。
頭は良い方だったので、高校は進学校へ進んだ。そこで妻と出会った。高校を卒業してすぐ結婚し、二人の子供が生まれた。長女は妻に似て活発で、その下の長男は逆におとなしい性格だった。
ある日長女は一匹の子犬を拾ってきた。反対しても聞く耳を持たず、結局飼うことになってしまった。長女は喜んで毎日世話をしていた。事故に遭い亡くなるまでは。
突然のことでショックを受けていた彼を慰めたのは、長女が大切にしていた犬だった。苦手だったはずがいつのまにか大切な存在になり、亡くなった時は家族の誰よりも号泣したものだった。
老人は虹の橋の話を思い出した。飼い主を虹の橋のふもとで待つ姿を想像し、もうあのこは娘と一緒に渡ってしまったかもしれないと思いながら、老人は息を引き取った。
「おとうさーん」
「ワン!」
どこからか少女と犬の鳴き声がする。すぐに娘と犬の姿に気づいた老人は、涙を流しながら一緒に虹の橋を渡っていった。
2/26/2026, 3:30:57 PM