かたいなか

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「何度でも言うが、俺は別に、ぼっちクリスマスでも寂しも何ともねぇからな」
この時期に「寂しさ」とか、当てつけか、んなワケ無いな、ただの毎度安定のエモネタだな失礼しました。
某所在住物書きはスマホに届いた題目の通知文を見ながら、今日も何を書くべきか悩み抜いていた。
感覚として、このアプリはエモネタと天候ネタと年中行事あたりで半数である。きっと数日後は「クリスマス」、31日頃には大晦日っぽい何かであろう。

「どうせ来る行事ネタから逆算して、それに対して『寂しさ』を書くことも、できるっちゃできるが」
そこまでして、クリスマスネタ組みたかねぇわな。
ガリガリガリ。今日も物書きは苦悩で頭をかく。

――――――

「ここ」ではない、どこかの世界の、「世界線管理局」なる非常に厨二ちっくな職場からスタート。
法務部執行課、実働班特殊即応部門のオフィスの早朝はとても静かで、たったひとり、外付けキーボードをパチパチ、ぱちぱち。
コーヒーを飲みつつ、指を滑らせている。
ビジネスネーム制が採用されているこの職場。
一度離職した彼に以前付けられていた名前は、「カラス」、あるいは「ハシボソガラス」であった。

「おはようございます」
もうひとり、従業員が入ってきた。
彼はビジネスネームを「ツバメ」といった。
「おとといは、ススキまんじゅう、ごちそうさまでした。おばあさまの故郷の菓子と聞きましたが」

「俺にしては、なかなか上手に作ったでしょ?」
パチパチパチ。カラスは相手に視線を合わせない。
己の為すべき業務だけを為し、始業時刻前にオフィスから」抜ける予定なのだ。
というのもこのカラス、来年1月1日から復職予定の男なもので、「正式には」、「まだ」、ここの従業員ではないのである。
「次からマニマニ、お金取るよん。1個200円」

「カラス前主任。 管理局から離れている間、」
先客のデスクに自分の荷物を問答無用で置くツバメ。そもそもカラスが座って仕事をしている席は、元々ツバメのデスクである。
カラスは勝手にオフィスに来て、勝手にツバメのパソコンで、必要な仕事をしていたのだ。
「一体、あなたに何があったのですか。

『あの』『図書館』で、長いこと非常勤として、私達のサポートをしてくださっていたと聞きました。
昔のあなたは『歯車』で、笑顔も泣き真似もすべて計算づくだった。でも図書館をお辞めになった今は、心から私達に接してくださるようになった」

あの図書館で、何があったのですか。
何があなたを、機械から人間に変えたのですか。
質問攻めのツバメに、カラスは数秒、無言。
「今日は、レモンパイ、持ってきたよん」
カラスが言った。
「1個だけ、少〜しワサビを隠したパイを仕込んでるから、楽しんで食べてね」
最後までツバメの顔を見なかったが、
カラスの視線には、寂しさが混じっていた。


――…少し時間を進める。
その日の間の都内某所、某職場の某支店、昼。

後輩もとい高葉井という女性が、今月で離職する同僚から貰ったレモンパイを、
チマチマ、ちまちま、小さく賞味している。
同僚は名前を付烏月、ツウキといい、
彼が作ってくる菓子は毎回絶品であったのだ。

これが、今年いっぱいで、残り2週間足らずで、
職場の昼休憩から消えるのである。

「おいしいよぅ。おいしいよぅ……」
チマチマ、ちまちま。高葉井は完全に寂しさの沼の中、寂しさの深海の底。
「これが、あと少しで、食べられなくなっちゃう」
来年から一体、何を楽しみにして、この支店に来れば良いというのだ。チマチマチマ。
高葉井は落ち込んでいた。
高葉井にとって、付烏月との仕事の付き合いは1年にも満たなかったが、付烏月は確実に高葉井の胃袋をガッシリつかんでいたのだ。

「あのさ。後輩ちゃん……」
いっぱいあるよ。そんな大事に食べなくていいよ。 
向かい側の付烏月の目は、あわれみでいっぱい。
「俺、図書館に戻るだけだよ。たまにしか図書館に居ないけど、会えなくなるワケじゃないよ……」
ねぇ、そんな気の毒な顔しないでさ。
俺が向こうに行っても、遊びに来れば良いんだよ。
ポンポン、高葉井の肩を叩く付烏月であったが、
高葉井は相変わらず、寂しさの渦中。

ねぇ、どうしよ。 支店長に救援を求める。
放っておきたまえ。 支店長は気にしない。
ただ付烏月から貰ったレモンパイを、紅茶で楽しむだけであったとさ。

12/20/2024, 3:49:45 AM