【一年後】
※念のためゲーム名は伏せ字にしておきました。
「あなたの余命は、あと一日です」
硬い顔で、そいつは告げた。
まあ、硬い顔っていうか、髑髏顔なんだけど。
「そこをなんとか」
「無理です」
私の担当者だと名乗って部屋に姿を現した死神は、私の嘆願をにべもなく却下した。
「せめて死因を教えてくださいよ」
「うっかり階段を踏み外したことによる転落死です」
「わー私らしい」
「ご納得いただけましたか」
「死因には納得したけど、死ぬことは納得できないなぁ。転落死って聞いたからには、慎重に歩くか、引きこもって動かないかで、避けることができるでしょ」
「そのときはべつの死因になります。死は必ず訪れるものなので」
「うーん、容赦ない。私まだ二十二歳なのに、こんな若い身空で……」
いきなり死ぬと言われても、とうてい受け入れられるわけがない。あがけるものなら、なんとしてもあがきたい。
「そうだ、二人で賭け、というか、ゲームをしませんか? 私が勝ったらもう一年寿命を伸ばしてもらうとか」
「いいでしょう」
「えぇ……そんなあっさりと」
死は必ずうんぬんと言いながら、賭けやゲームの勝敗で寿命を伸ばせるなんて、案外ゆるいな。
死神はなぜか怒ったように、片手の鎌の柄で、ダン、と床を叩いた。うわ、下の階の人に怒られそう。
「わたしだって、こんなに早くあなたを殺したくはないんです。あなたが生まれたときから見守ってきたんですから」
なるほど、タダで寿命を延ばすことはできないけれど、なんらかの口実があれば延ばすこともやぶさかではない、ということか。
さてはこの死神、いいやつだな。
私はいそいそとゲーム機の電源を入れて死神をテレビの前に誘い、桃太◯電鉄を提案した。余命の残り時間のことを考えて、プレイ年数は五十年ぐらい。勝負は白熱し、最終盤で貧乏神を回避し続けた私が勝った。
当時はゲームのやりすぎのせいか面白い夢を見たなぁ、と思って起きてその後忘れてたけど、あれからぴったり一年後、また髑髏顔の死神が私の夢に現れた。
「あなたの余命は、あと一日です」
「お久しぶりですね!」
「なんで嬉しそうなんですか」
「いや、前一緒に遊んだの思い出してさ。楽しかったからさ」
「死因は交通事故です」
「わー完全スルー! また引きこもらなくちゃ」
「そんなことしても無駄ですよ」
「ここは平和的にゲームで解決」
「いいでしょう」
その一年後、また死神は夢に現れた。私は手を叩いて喜んだ。
「待ってました! ゲームしましょう」
「あなた、わたしのこと遊び相手だと思っていませんか?」
「この歳になると私も友人もみんな社畜化して、一緒に遊ぶ機会が減るんです。さ、どれにします? 今はス◯ブラがアツいんですよ」
その一年後も、そのまた一年後も、そのまた一年後も、死神は夢に現れ、私たちはゲームに興じた。
死神と遊ぶ楽しいひとときを何度繰り返したかわからなくなったころ、私は初めて、ゲームに負けた。
「そろそろ、反射神経も、危うくなって、いたからねぇ」
夢とも現実ともつかぬ曖昧な意識の中で、私はそう言って笑った。
「桃太◯電鉄に反射神経はいらないでしょう」
「そうだった。まあ、あと一日も、生きられるなら、上等だね」
死神はあの頃とまったく変わらぬ髑髏顔で、病院のベッドの傍らに立っている。私は皺くちゃの手を伸ばして、髑髏のつるつる頭を撫でた。しっかりとした感触が、そこにあった。死神に触れたのは、これが初めてだったかもしれない。
「あと一年、を何度も、繰り返せば、九十まで、生きられるもんだねぇ」
死神は怒ったように、ダン、と鎌の柄で床を叩いた。
「あなたの寿命を延ばすには、余命を告げて、あなたになんらかの提案をしてもらうしかなかったんです。神様が見てるから、神様にご納得していただける方法でしか……」
え、神様、ゲームの勝敗で納得しちゃうんだ? ろくな神様じゃなさそうね?
「もしかして、わざと、負けてた?」
「そんなことしたらあなたが怒るので、するわけないです」
死神はまた怒ったように鎌を鳴らす。
と思ったら、髑髏の目から、ポロポロと涙を落とした。
死神にも、涙はあるんだ。
「あなたの担当になれて、よかったです。とても楽しかったです。わたしを怖がらずにいてくれて、ありがとう」
「いや、最初は、怖かったけど、まあ、夢だし……」
死神に触れていた腕から力が抜けていく。そういえば、ゲームをはじめてから、もう、一日は、経ってたっけな。
どこからか、「大ばあちゃん!」と呼ぶ可愛い声が聞こえてくる。ああ、いつのまにか、曽孫たちが来てくれたのかな。でも、もう眠いから、遊ぶのはまた今度ね。
目を閉じたつもりが、まだ閉じてなかったみたい。綺麗な光と羽根を背負った少女が、私の前に立っていた。
「あなた、もしかして」
「はい、わたしです。あなたを神様の御許へご案内しますね」
少女が私の手を引く。
「なるほど、これから神様の審判的な?」
「いえ、あなたとゲームで遊んでみたいそうです」
「やっぱりろくな神様じゃなかった」
5/9/2023, 3:27:09 AM