「いつも私だけが、傘をさしている」
自分の動作を言葉にしてみただけの、彼女の声だった。
雨はもう、やんでいる。
彼女はいつも、それに気づくのが遅い。
だから傘をさしている。
それだけのことだ。
僕は空を見るより前に、
歩調の向こうから届く彼女の言葉の調子を聞く。
「それは、日傘になってよいですね」
僕の声に振り向いた彼女の髪が風に揺れる。
指先が、傘の柄へと繊細に触れている。
視線を合わせようとすると、
いつも少しだけ遅れる。
ほんの一瞬の、許された距離。
僕は、彼女の視線を修整しない。
ただ、傘の影に揺れる瞳をそっと見つめる。
雨は、もうない。
だけど、どこかではまだ、傘は必要なまま。
題 ところにより雨
3/24/2026, 10:57:33 AM