瀬名柊真

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残酷だ。あまりに残酷すぎる。
勝手な思い込みで幸福を奪われた。私と、祐馬の、幸福。
1月半ばのことだった。開けた窓から入る風は冷たく頬を切り、指先は悴んだ。
「澪。また外?」
「……違うよ。ただ、寒いなって」
私がそう答えると、祐馬は黙って窓を閉める。そうして、感覚のない私の両手を温かに包んでくれた。
「こんなに冷たい。澪のしたいことは尊重するけど、こういうのはだめ。体調崩しちゃうかもしれないでしょ」
眉を下げる祐馬に笑って見せれば、笑い事じゃないと怒られてしまった。
祐馬と出会って、これで5年になる。好きになってからは2年。時間の流れはあっという間だ。
最初の頃、何を考えているか判らなくて怖がっていたのが馬鹿みたい。祐馬はこんなも優しくて、私のことを考えてくれているのに。
いつも通り、ソファで祐馬にしなだれかかったときだった。珍しくインターフォンが鳴った。祐馬は立ち上がって誰かを確認すると、小さく舌打ちした。
「すぐ戻るから、いつも通りにしててね」
祐馬の言葉に頷いていて、玄関へ向かうのを見送る。ドアが閉まって見えなくなったらいつも通りクローゼットの中へ。
「ですから僕はーー」
「けれど、永井さんはこのあたりでーー」
私の話をしているのだ。ほかに人に対する感じではない。
どうも、彼なりに頑張ってくれているらしい。早くどこかへいきますように。
そう望みつつ耐え忍んでいたのに。
扉が開き、眩しさが目を焼く。憎ましげな彼の顔と、安堵したような見知らぬ顔の人達。
ゆっくりと景色が滲んで、やがて暗転する。
次に目を覚ませば、見たことのない部屋だった。祐馬の部屋じゃないことで、喉に血が詰まったような感覚に陥る。視界が揺れて、息が浅くなる。
抱きしめて貰おうと祐馬を探していれば、初めて見る男性が近くへやってきた。
「おはよう。もう、安心してくれて大丈夫だ」
「……祐馬は?祐馬はどこ?」
「心配せずとも、明日にでも裁判にかかる予定だ。もう怯えなくていいんだよ」
警察を名乗るその男はそう説明した。だが、判っていない。私は祐馬を愛していた。祐馬のあれは犯罪なんかじゃないのに。
この世界は狂っている。あの2人きりの世界を返して。誰にも邪魔されない、2人だけの完璧なーー。
「どうやら、彼女はーー」
先生の声が遠くへ聞こえる。結局祐馬は監禁罪で懲役刑を食らった。そんなこと望んでいなかったのに。
私がいつも通りじゃなくて、或いはしっかりと息を殺していれば、こんなことにはならなかったのに。
祐馬に全部を負わせてしまった。
それなのに、あの細くて、でも男らしい指先で私の頬をなぞって欲しい。
低く柔らかな声で愛してるよって。
誰も何も判ってない。話なんていらないし、これは病気じゃない。
今望んでいるのはただ、また名前を呼びあって笑い合える日が来ることだけ。
こんなカーテンが視界いっぱいのくだらない場所じゃなくて、想い出のーー祐馬の腕の中。 
だから、また、5年前のあの時みたいに、この腐りきった世界から私を救い出しにきてほしい。

1/15/2026, 11:20:21 AM