香草

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「夢じゃない」

あ、これは夢だなと気づく瞬間はたくさんある。
家の中にいたと思えば全く見知らぬ部屋に足を踏み入れていたり、ここにいるはずがない人と話していたり、現実的にありえないことがたくさん起こるとかね。
特に夏なんて暑いから眠りが浅くなるわけで夢を頻繁に見たりなんかする。
俺なんてここ数年夢なんて見ていなかったけれど、今夏は記録的猛暑だからか全然寝付けず夢を見てしまった。
もちろん、俺は夢だって最初から分かってたから何とも思わなかったけれど、友人に話すとその夢がえらく不思議なものみたいだったから話そうと思う。

俺は家の中にいた。
俺の家はかなり古いが立派な屋敷だ。俺の婆さんが若い頃建てたものだから明治後期のもの?古いことはよく分からない。
婆さんはその頃女性にしては珍しい医者だったけれど、そこに当時付き合っていた爺さんを住まわせて主夫をさせていたらしい。現代では珍しくもないけれど当時にしてみれば爺さんも婆さんも肩身が狭かったろうと思う。まあ豪快な母さんを見てれば婆さんも無敵で豪快な人だったんだろうと思う。
実際当時を知る近所の人は婆さんの豪快伝説をよく聞かせてくれる。
とにかく俺の家はかなり古いがしっかりしている。
部屋数はそこまで多くはない。
母さんの代で内装はかなり現代風に改築しているから、外側だけ遊園地とかにある古めの建物、中は普通みたいな感じだった。
俺は2階の角部屋を自室としていて部屋続きでドアがある。その先は魔界と呼ばれる物置だ。
呼び名の理由については今回説明を省くが、単純に幼い子供にとって薄暗く怪しい物置なんて魔界にしか見えない、そういう理由だ。

魔界には婆さんの遺品やら医者時代の古めかしい道具やらが残っていて滅多に入ることはない。
なのにその日俺は魔界にいた。
しかし子供の頃間違って迷い込んだ魔界はダンボールやら本やらが並んでいるだけだったのに、今回は手術室みたいだった。
手術用のベットが置かれていてあのクソ眩しい照明までバッチリ準備されていた。
この時点であ、これは夢だと気づいた。
この家で大きな手術用具なんて見たことないし、そんなものあったら俺がとっくに売っぱらってる。
もちろん誰もいないし、外からは俺がさっきまで見ていたテレビの音がする。
別に怖くない。だって夢だし。
だからパッと照明がついて手術用ベッドがゆっくりと背もたれを倒した時も全然怖くなかった。
どこからか婆さんの声がした。
ちなみに婆さんは俺が生まれる前に死んでいる。なんで婆さんか分かったかと言われると、勘だ。
あー帰ってきたのかな、なんて呑気に考えていたら「こいつは助けない」という婆さんの冷たい声がした。
いやもしかしたら少し若い感じがしたからそのせいかもしれない。
とにかく少しだけ背筋がゾッとするような声だった。

そこで目が覚めた。
テレビはいつのまにか消えていて魔界のドアが少しだけ開いてた。
まあ古い家だから建て付けが悪くてドアが勝手に開くこともないこともない。
俺は力いっぱいにドアを閉めて汗で濡れたTシャツを脱いだ。
婆さんの冷たい声が耳から離れない。
近所の人の話を聞く限りかなり豪快だったらしいけれど一つだけある噂があった。
婆さんは腕の立つ医者だったけれど私怨をかなり持ち込む人で、誰を助けるか助けないかを決めてまさに神のような人だったと。
狭い田舎だ。
婆さんを恨む人がそんな噂を流したのだろう。
でも不思議だ。その噂を聞いたのは俺が5歳くらいの頃だ。
今さらそんな夢を見るだろうか。
不思議な話だ。


8/9/2025, 11:55:15 AM