烏羽美空朗

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「懐かしい」という言葉は、大抵は甘酸っぱい恋だったり、炎天下で共に食べた氷菓だったりといったきらびやかな思い出や、赤点ぎりぎりのテストだったり、雪に落とした肉まんだったりといった少々苦くはあるが笑える思い出に使うことが多いだろう。

正直に言うと、俺にはそんなありきたりだが確実に幸せな青春の「懐かしい」はない。

両親の離婚及び無関心、実質小中高一貫故に最後まで続いたいじめ、挙げ句の果てに、愛する彼女が理不尽に殺害されて。今は少々精神不安定な売れない小説家。
文字に並べると、笑っちまう程に孤独で不幸過ぎる人生に思えてくるが、これは確実に俺自身が歩いてきた道であるのだ。

もちろん、俺にも幸せな記憶はある。
近所の神社に住んでいた烏の雛だったり、追いかけ回されていた白い烏だったり、茶菓子をくれたお爺さんだったり。時間さえあれば更に思い出すことができるだろう。

辛い記憶の方が心に残りやすい。しかし、忘れてしまったように思われる幸せな記憶だって、いつでも思い返してもらえるようにその裏に隠れている。
つまりは辛い記憶を見境なしに捨てていると、知らず知らずのうちにそれに連なる幸せな記憶も捨ててしまうのだ。

幸も不幸も総て「懐かしい」と言える物であり、保存すべき物だと、俺は思う。

懐かしく思うこと

10/30/2022, 12:36:33 PM