結城斗永

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「はぁ、もう見つからないのかな……」
 新学期初日だというのに、朝食はまったく手に付かなかった。
 私はテーブルに頬杖をつきながら、小さな天使のキーホルダーを目の前で揺らす。
 根元についた鈴のチリンという音があの夏祭りの記憶を呼び起こす。

 一週間前の夏祭りは多くの人で賑わっていた。人混みの中を、浴衣に履きなれない下駄姿で歩いていた私は、ふとした拍子に地面に足を突っかけてバランスを崩してしまった。
 その時、私の背中を、男の子の大きな腕が支えてくれた。
 耳元でチリンと小さく鳴った鈴の音に合わせて、私の心臓もトクンと音を立てた。
「大丈夫?」
 優しく声をかけてくれた彼に、どう答えたのかは思い出せない。彼と目が合った瞬間、耳の端まで熱くなってそれどころじゃなくなってたから。
「気をつけて」
 そう言って立ち去る彼を、放心状態で見送った私が、ふと足元を見下ろすと、天使のキーホルダーが落ちていた。

 名前も聞けなかったし、どこに住んでるかも分からない。私を支えていた腕の感触と温もりが、まだほんのりと残っているだけ。
 何度か、あの公園にも行ってみたけど、祭りの終わった公園に彼の姿があるはずもなく……。

 もうあれから一週間が経って、気づけば夏休みも昨日で終わり。時間が経てば経つほど、再会も難しくなるんだろうな……なんて思いながら、それでもこのキーホルダーを手放せないでいる。
 なんだか自分の心が、紐に繋がれた風船のように、中心から離れたところでふわふわと浮いているような感じがする。
「ねえ、天使さん。あなたの持ち主はどこにいるのかしら」
 私は目の前にぶら下がる天使に問いかける。

 朝礼前の教室は賑やかだった。久しぶりに顔を合わせる友達とのおしゃべりに花が咲くなか、ガラガラ……と教室のドアが開いて担任が入ってくる。
 その後ろをついてくる長身で整った顔立ちの男の子を見てハッとした。
 転校生として紹介された彼は、紛れもなく、夏祭りで出会ったあの彼だった。
「えっ、運命……?」
 心の声が思わず外に出てしまう。
 私はとっさにポケットのキーホルダー取り出して、チラリと彼の方にかざして見せる。
 それを見つけて、驚いたような表情で嬉しそうに笑う彼の顔が、こと更に愛おしくて、思わず笑みが溢れる。

 天使さん。あなたの持ち主、やっと見つかったね。そして、ありがとう。
 九月の風に揺られて、天使の鈴がチリンと音を立てる。こうして私たちの新学期が幕を開けたのだった。
 
#夏の忘れ物を探しに

9/1/2025, 4:06:47 PM