sairo

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誰もいない公園のベンチに座り、何をするでもなく辺りをぼんやりと見ていた。
幼い頃によく遊んでいた公園も、今ではすっかり寂れてしまっている。人口が減るばかりの故郷に残っているのは、年寄りばかりだ。
寂しいなとは思う。けれど同時に仕方がないことだとも理解している。
何もないこんな辺鄙な場所よりも、何でも揃っていてどこにでも行ける街の方がいい。それにここに居続けたくはないと、口には出さないだけでほとんどの人が思っていることだろう。
少なくとも自分たちの世代で残っている者はいない。刻まれた恐怖や喪失感が、ここに留まることを拒ませ、皆遠くの街へと引っ越してしまっていた。
自分も戻るつもりはなかった。今回は祖母の葬式による一時的な帰省だ。
すでに葬儀は終わり、同じように帰省していた人は皆、自家用車でここを出て行ってしまった。自分もすぐに出ていくつもりではあった。

「もーいーかい?」

無意識に溢れ落ちた言葉に、返事はない。
当然だ。他に遊ぶ子供たちはおらず、あの日遊んでいて残った友人たちは今も遠くの街で暮らしているはずだ。

「もう、いいかい?」

目を閉じて、繰り返す。繰り返し思い出す。
いつもと変わらない日だった。いつものように皆と遊び、最後に隠れ鬼をした。
ゆっくりと十数えて、振り返る。遊具の裏、草むらの陰、木の上まで探して、次々と皆を見つけていく。
けれど最後の一人が見つからなかった。皆でどれだけ探しても、見つかることはなかった。

「もう、いいかい?」

繰り返しながら立ち上がり、のろのろと遊具の方へと歩き出す。滑り台の向こう側、小山の作られたトンネルの前で、立ち止まる。
このトンネルに入っていったと、見かけた子たちは言っていた。けれど覗いてみてもトンネルの中には、誰の姿もなかった。
屈んでトンネルを覗き込む。丸く切り取られた向こう側が見えるばかりで、人影は見えない。
目を伏せ、溜息を吐いた。このトンネルが人喰いトンネルと恐れられるようになった経緯を思い出し、気持ちが沈んでいく。
その隠れ鬼を最初に、トンネルと潜り抜けた子がいなくなるということが度々起こるようになった。
手を繋いでトンネルを潜った子の一人が消えた。順にトンネルを抜けたというのに、真ん中の子だけがいなかった。
噂は広がり、面白半分でトンネルを潜った上級生も、噂を検証すると他所からきた大人もいなくなった。それだけではなくあの日遊んでいた子たちもまた、十日、一月と過ぎる度に姿を消してしまっていた。
残った子たちは家族で引っ越し、連絡も取れない。遠くの街で暮らしていると思っているが、今も元気でいるのかは分からなかった。

「もう、いいかい」

トンネルに向けて、呼びかける。他の子のようにトンネルを怖がるよりも寂しさが勝るのは、きっとあの隠れ鬼でいなくなった子が自分の初恋の子だったからだろう。
明るく活発で、誰よりも優しかった子。困っている時には必ず一番に気づいてくれて解決してくれる、ヒーローのような子だった。
彼がいないことが寂しくて、何度もこのトンネルを潜り抜けた。家族と共にここを出るまで公園に通い、今になってもまだ彼を想っている。
もう一度トンネルを潜り抜ければ、今度こそ会えるだろうか。正しく終わらせることのできなかった恋は、じりじりと胸を焦がし今も消えることがない。一目だけでもいい、会うことができたならと、熱に浮かされたような曖昧な思考で、トンネルを潜ろうとさらに身を屈めた。

「もう、いいかい」

呟いて、足を踏み出す。トンネル内で声が反響し、幾重にも重なり歪んでいく。

もう一度、呼びかけようとした時だった。

「もう、いいよ」

不意に、耳元で声がした。びくりと肩が震え、硬直する。
聞こえた声を、懐かしいと感じた。振り返り声の主を確かめたいのに、確かめるのが怖くて動けない。

「もう、いいよ」

腕を掴まれ、後ろに引かれる。突然のことにバランスを崩し、そのまま後ろへと倒れ込んだ。
咄嗟に目を瞑り、衝撃を待つ。けれど固い地面の感覚は訪れず、代わりに暖かな何かに包み込まれていた。

「――え?」
「大丈夫?ごめんね、ちょっと強く引っ張っちゃった」

恐る恐る目を開けると、目の前には心配そうな顔をした彼がいた。じわりと涙が浮かび、彼が戸惑うのにも構わず強くしがみつく。

「そんなに恐かった?本当にごめんね。ようやく見つけられたから、必死だったんだ」
「見つけ……られた……?」

意味が分からず、顔を上げて彼を見る。彼は優しく笑って、そうだよと囁いた。

「いつまで経っても探しに来ないから出てきてみれば、皆が行き違いになったって言ったから、色々な所を探してたんだ。手分けして、まだ見つかってなかった子たちは全員見つかったけど、鬼だけが見つからなくて大変だったよ」

見つかってよかったと、彼は笑う。そこに違和感を感じるのに、宥めるように頭を撫でられればすぐに分からなくなってしまう。
首を傾げて辺りを見る。心配そうに、安心したように笑う友人たちの顔を見て、さらに分からなくなってくる。
いなくなったのは彼ではなかっただろうか。それにここにいるのは、いなくなったはずの人たちだったような。

「ようやく全員見つかったけど、次は何して遊ぼうか?もう探さない遊びがいいだけどな」

混乱している自分を置き去りに、彼が友人たちに声をかける。ブランコや追いかけっこなど、皆がそれぞれ好きな遊びをあげていくのを彼の腕の中でただ聞いていた。
夢でも見ていたのだろうか。遠くの街へ引っ越して、大人になって戻ってきた。彼がいない寂しさを抱きながら、終わらない隠れ鬼をしていた。そんな長い夢を起きたまま見ていたのか。

「どうしたの?少し疲れちゃったかな……じゃあ、ベンチで休もうか」

背を撫でられ、促されてベンチへと一緒に歩いていく。周りの揶揄い混じりの視線に恥ずかしくなって、頬が熱くなるけれど、今は彼と離れたくはなかった。

「大丈夫。一緒にいてあげるから。眠いなら寝てもいいからね」

ベンチに座り、彼の膝に頭を乗せられる。頭を撫でられれば、すぐに眠気がやってきて、ゆっくりと瞼が閉じていく。
何か大切なことを忘れている気がした。けれど眠気には勝てずに、沈む意識と共に焦りも端から解けて消えていく。

「起きたらまた、たくさん遊ぼうね」

楽しそうな笑い声。皆の声が重なり合い反響する。
まるでトンネルの中にいるみたいだ。そんなことを夢現に思う。
トンネルなど入ったことはないのに。この村にはトンネルはなく、村を出ない自分は実際に見たことはない。
この公園には昔、遊具のトンネルがあったと聞くが、今は埋められて遊べない。

「ようやく捕まえた……おやすみ。大好きだよ」

そんな思考も、囁く声と頬に触れる熱に解かされ消える。
後にはもう、何も残らない。
ただ深く深く、沈んでいく。



20260228 『遠くの街へ』

3/1/2026, 9:34:42 AM