かたいなか

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「ケンカの『始まりはいつも』プリンの取り合い、秋の『始まりはいつも』花粉症、逆転劇の『始まりはいつも』誰々。いくらでもアレンジは可能よな」
なんなら「寿司食う始まりはいつもマグロから」とか。「思い出の始まりはいつの日も雨」みたいな某歌詞モドキも、書けるかどうかは別としても。
某所在住物書きは久しぶりの自由度高そうな題目に安堵して、しかしスマホではソーシャルゲームなど、余裕こいてプレイしていた。
そういえば、ガチャのすり抜けによる最大級の落胆の「始まりはいつも」、まずSSR確定演出からだ。

「……物欲センサーの始まりって、どこからだろう」
イベント周回して、ランクを上げて。物書きは貯蓄中のガチャ石に対し、どうせ溶けるとため息を吐く。

――――――

ようやく最低気温が、最低気温だけが、秋を取り戻し始めてきた感のある、最近最近の都内某所です。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が暮らしておりまして、
その内末っ子の子狐は、お星様とお花が大好き。
善き化け狐、偉大な御狐となるべく、不思議なお餅を売り歩いて、絶賛修行中です。
今夜は、子狐唯一のお得意様情報によると、明日の明け方までの間で、オリオン座流星群が見頃を迎えるとのこと。コンコン、昼間から子狐、楽しみです。

「おほしさまは、たしか、暗くて、高い場所がイチバンよく見えるんだ」
昔々、父狐から教えてもらったトリビアを思い出して、子狐その場所を探します。
夏の頃、正確には7月8日の過去、まっくらな場所を探しに東京の街を歩いたこともありますが、
森深く、いつか昔の東京を残す「実家」、すなわち稲荷神社が一番暗いと、子狐、学習しておりました。
「どこで、おほしさま見よう。どこが良いかな」

コンコン子狐、東京から一歩も出たことがないので、満天の星も美しい大流星雨も見たことありませんが、
ご近所の中で一番暗い神社の森に、一縷の望みを託します。
一番空が広く見える場所を求めて、とてとて、ちてちて、秋晴れを見上げながら歩いていると、
「こーよー!こーよーだ!」
ほんの5〜6枚、ちょっと色が変わっただけではありますが、
神社の庭の木の1本、そのうちの日のよく当たるあたりの、葉っぱが黄色くなっているのを見つけました。

紅葉です。
「葉っぱ、欲しいなぁ、ほしいなぁ」
コンコン子狐、流星雨そっちのけで、やっと見えてきた秋の証明をどうやって取りに行こうと、くるくるくる。円を描いて歩き、考えます。

秋の始まりは、いつも過去形です。
いつの間にか、それは始まっているのです。
雪降る田舎出身のお得意様は、「雪国の春は目に見え、秋は肌で分かる」と言います。
でも一応いっちょまえに都会っ子、都会っ狐の子狐にとって、秋も冬も、春も、始まりはいつも、「始まってた」、なのです。

その分、「それ」を思いがけず見つけたときの、
幸福な驚きと、喜びと、達成感と優越感といったら!
子狐にとっては、美味しいお肉にも、旬のキノコにも、ちょっとリッチなお魚にだって勝るのです。

「登れば、取れるかな」
最終的にコンコン子狐、小ちゃな体と、まだまだ幼い爪で、少しだけ色づいた秋の葉っぱを取りに行こうと画策します。
意外と知られていないか、結構常識か不明ですが、実は狐はイヌ科のわりに、木登りできるのです。
なお、降りるのも得意とは限りません。

「こーよー、こーよー、葉っぱ欲しいなぁ」
今年最初の秋を、宝箱に収めたいけれど、木登りした後がどうにもならぬ。
くるくるくる、くるくるくる。
稲荷神社の子狐は、紅葉した葉っぱを見上げながら、ぐーぐーおなかが空いて我慢ならなくなるまで、考えて、歩いて、悶々しておりました。

季節の始まりに、いつもその「始まり」を手に入れたくなる子狐のおはなしでした。
おしまい、おしまい。

10/21/2023, 2:42:03 AM