薄墨

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次は_
平坦なアナウンスが響き渡る。
ガタタン、ゴトン ガタタン、ゴトン
眠気を誘う揺れが、特徴的な音と共に伝わる。

窓に背を向けて、リュックを抱える。
目の前にある、向かいの車窓には、絶えず雨粒が打ちつけて、ゆっくりと滴ってゆく。

外の天気のせいか、いつもより車内が少し暗いような気がする。
湿った匂いが鼻を抜ける。

_お出口は右側です
アナウンスが黙り込む。
雨が窓を叩いている。

傘、持ってない。
心細くなって、膝の上のリュックを抱きしめる。
昨日、自分の足でしっかり立って生きると決めたのに。
木綿豆腐ばりに強く固めたはずのメンタルは、ふやけた紙みたいになってしまった。こんな雨だけで。

いつかの雨の日、雨に濡れている人を見た。
目的地だけを見据えて、無心で歩く傘の群れの中に、その人はいた。
急がず、慌てず、傘も持たずに、空を見つめていた。
雨に降られているというよりも、雨に佇む。
その人は、ふとこちらを見て微笑んだ。
穏やかな、優しい、綺麗な笑みだった。
傘の中で疲れ切った私より、ずっと幸せで、楽しそうな顔だった。

憧れた。
雨に佇む人になりたいと思った。
それだけ強く、穏やかで、したたかな芯のある人間でいたいと思った。
いつか、雨に佇む人になるんだ、と決めた。

4日前、積み上げていたものが全て崩れたあの日、私はあの、雨に濡れて微笑む、穏やかなその人を思い出した。
雨に佇む人に憧れたのを思い出した。

だから私は行動した。
残った所持品をまとめて、背負って、電車に乗った。
自分の力で生きよう、自分の好きなところへ行こう。そう決意した。

だが、私はまだ雨に佇むには勇気が足りないみたいだ。
雨に濡れるのが怖い。
雨粒の冷たさも、雨雲の寒さも、周りの人の目も。
…それとも、一度佇んでみれば、こんな恐怖も感じなくなるんだろうか。

…リュックを抱きしめる。
今や私の唯一の味方の、私の物たちを。

ガタタン、ゴトン ガタタン、ゴトン
電車は進んでいく。
まもなく_
アナウンスが喋り出す。

雨はさっきよりも強く、車窓を打っていた。

8/27/2024, 2:09:46 PM