ある日、夕食の終わり時。
お皿洗いの最中に、紅茶の香りが鼻をくすぐり、
私はふと窓の外を見た。
窓の外から、風に乗ってその香りがした。
かちゃりと、洗い流した真白い皿を立てかけて。
泡のついたものは放ったまま、
ベランダのテラスドアに手をかけた。
からからと外へ出ると、ふわりと。
紅茶の香りが、夜の冷えた空気に纏っている。
お隣さんの電気は消えていた。
下を覗き込んでも、ただ黙った草木が揺らぐだけ。
ここにあるのは、遠くのお月様と、小さな星々。
私はふと気になって、部屋の奥の、引き出しの更に奥から、
埃を被った望遠鏡を取り出した。
軽く払って、狭いベランダで三脚を立てて。
屈んでレンズを覗き込んで、月を探す。
光のある方へ。上へ、上へ。
ぱっと目の前が白く光って、ピントを合わせると。
月の光だと思ったものは、
ふわふわとした毛並みに変わって。
そう、一匹のうさぎが、紅茶を飲んでいた。
…と、思ったが、もう一匹うさぎがいた。
何やら慌てて飛び回っている。
布巾を持って、小さなクレーターの周りを
あちこち拭いている。
「零したのかな」
ああ、だから。
「だから紅茶の香りがするのね」
『紅茶の香り』白米おこめ(改変)
10/28/2024, 9:51:18 AM