「たそがれ」
※百合
夏が終わって、部活を引退した。それからは早く帰るのもちょっと嫌だったから、受験勉強の為に自習室へ行っていた。
あの日も同じだった。自習室のいつも使っている席に座って、参考書を開いて、いつも使っているルーズリーフも準備して、イヤホンを取り出そう、とした。ここまではいつも通りだったけど、この時はお弁当箱を机の中に忘れたことを思い出した。それだけ。たったそれだけが、いつもと違った。
いくら涼しくなってきたって言ったって、お弁当箱を置きっぱなしにするのは嫌だな、と思って私は教室に向かった。遠くから吹奏楽部の練習する音が聴こえた。合奏中じゃなかったようで、色々な音がバラバラに耳に入って来る。それ以外は、校庭の方から運動部の掛け声とか、そんなものだけが世界にあって、どこの教室もガラン、としていた。
日は暮れかけていて、まだ暗くはなっていなかったけど、なんだか少し寂しいような感じもして。居心地が悪かったから、少し駆け足で教室に向かった。扉を開けて、教卓の正面という何とも嫌な位置にある私の席のところへ、行こうとした。
教室はオレンジ色に染まっていた。机たちの足元の影が長く伸びていた。視線を下げていた私は、影が無機物のものだけじゃないことに気がついた。そちらを辿ると、半分閉められたカーテンの下に、ふたり分の脚が見えた。ふたりとも私の気配に気がついたのか、カーテンの後ろからこちらを見ようとしたようだった。
いけないものを見てしまった、と思って、咄嗟にその場を立ち去ろうとした。だけど、慌てた私は手に持ったお弁当箱を、落としてしまった。
カシャン、と音がする。それがまるで、世界を崩してしまった音のような気がして、私は逃げるように走った。自習室までの道のりで先生に走るな、と怒られたような気がしたけれど、とにかく急いで戻って、荷物をまとめて、家に帰った。
その日は早く寝た。早く、寝ようとした。スマホを見たくなかったから。お願い神様、今日見たことは全部幻だったことにしてください、なんて祈ってみたりして。あのふたりが誰だったか、なんて、私は見てない。だからわからない。知らない。誰かなんて、検討もつかない。一瞬片方の人と目があった気もしたけれど、夕日の逆光で、何も見えてない。見えていなかったんだ、と思いながら眠りについた。
翌朝、隣の席のあの子が「昨日これ忘れていった?」と笑顔でお弁当箱を差し出してくれた。「ありがとう」と受け取りながら、私の中で恋が終わる音を聞いた気がした。
誰そ彼、なんて嘘なんだ。嘘なんだよ。だって私も、あの子も、お互いがわかっちゃったんだから。
10/1/2023, 11:26:35 AM