Altair

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 私には大切な友人がいる。
 彼は嘘がつけなくて、能天気で、すごく優しい。

 そんな彼との、忘れたくても忘れられない思い出話をしてみようと思う。


 小さい頃から人の嘘を見破ることに長けていた私は、同級生だけでなく大人からも煙たがられていた。
 実の親にも「気味が悪い」だの「可愛げがない」だのと蔑まれ、物心つく頃にはひとりぼっちが当たり前だった。

 見かねた祖父母が私を引き取ってくれて、祖父母の家から学校に通うことになった。小学校から高校卒業するまでの間、本当の親のように育ててくれた。
 私の前でだけ嘘をつかないようにする生活は、きっと息が詰まるものだったと思う。嘘を嘘だと分かっていながら、聞き流せない性分だったせいで揉め事も多かった。その度に言われた言葉がある。

「正直に生きることは素晴らしい。けど、何か理由があって嘘をつかなければならない人もいることを理解しなさい。人を傷つけないための嘘や、自分を守るための嘘もあるんだからね」

 頭では分かっていても、実際に行うのはとても難しかった。自分の中に落とし込むまでに、ずいぶん苦労したことを覚えている。

 ある日、常に同じクラスで席も隣同士になる彼とのことを冷やかされた。そのほとんどが思春期特有のからかいだったけど、彼のことを好きな女の子からは嫌がらせもあった。
 物を隠されたりひとりぼっちにされたり──まあ、よくある話だ。
 ずっと蔑まれてきた私には特に効果が無くて、痺れを切らした彼女が手を上げてしまった。その場所が階段の踊り場で、避けたときに足を踏み外した。目の前にはしたり顔の彼女がいて、私はのんきに「ああ、死ぬのか」なんて思っていた。

 でも落ちることはなかった。

 後ろからすごい勢いで駆け上がってくる足音がして、私の背中に体当たりをしてきた誰かがいた。そのまま弾き飛ばされて踊り場の床に転がった。
 同じように床に這いつくばって肩で息をしていたのは、その彼だった。

「君──」
「び、っくりしたぁ!」

 大きな声を出したかと思ったら、ごろんと天井を仰いで大の字になった。ひときわ大きく息を吐きだして、私の方を見るといつもの笑顔で笑ってくれた。

「間に合ってよかったー。ごめんな、体当たりして」
「──ううん。助けてくれてありがとう」
「あ、あの、ごめんなさい……あたし、そんなつもりじゃ」

 ぽろぽろと泣きながら謝ってくれる。
 本心か否かを見抜くのは容易い。でも、この場は丸く収めた方がいいんだろうと思った。
 問題を起こしたと知られたら、彼女はきっと居場所を失う。それを悲しいことだと知っているから、幼いながらに同情したのかもしれない。

「別に、気に」
「嘘つけよ」

 怖い声だった。
 立ち上がった彼はにこやかな笑顔を引っ込めて、ものすごく怖い顔で彼女を睨んでいた。

「階段であんなことすれば、足を踏み外すかもしれないって分かるだろ。分かっててやったくせに、適当に謝ってんじゃねえよ」

 それから私の手を引いて保健室に連れてってくれた。だけど彼は、先生に本当のことを言わなかった。

「俺がぶつかって転ばせちゃったんです。ごめんなさい」と。

 ぶつかったのは私を助けるためだったのに、なんで彼が謝るのだろうか。そのときは憤りにも似た不満を抱いた。

「なんで君が嘘をつくんだ! 彼女のせいなのに!」
「いいんだよ。俺が体当たりしたのは事実だし」
「それでも、君が怒られるのは違うだろ!」
「おまえだって、あいつの嘘を見過ごそうとしただろ。まあ、全部顔に出てっからバレバレだけどな」

 彼が事実を話さなかった理由はすぐに分かった。
 一部始終を見ていた複数の生徒がいて、その子たちから報告があったらしい。それからしばらくして彼女は転校していった。

「君が報告するまでもなかったわけだ」
「ていうより、あのときは保健室に連れて行くのが先だと思ったんだよ。どうせほっといても悪事はバレるし、わざわざ俺が口出す必要ないだろ」
「結構冷たいんだな、君」
「嘘つく奴は嫌いなんだよ。その点、おまえは嘘つかないから気楽でいいわ」

 たぶん、このときから急速に仲良くなったと思う。同じクラスで席も隣同士なんて嫌がられてもおかしくなかったのに、いつも笑って「よし、これで平穏な日々が確保される」なんて言っていた。

 私の生涯でただひとり、真っ直ぐで優しい友人だ。

 そんな彼とは今も仲良くしている。

 当初は県内の大学を考えていたのだが、在りし日の『一緒にいてくれるなら是非に』という言葉を延々恨み言のように言われ続けたので、彼と同じ大学も受験して合格してしまった。まあ、講義が受けられればそれでいいので、結果オーライとしておこう。

 地元に未練も愛着もなかったので、お世話になった祖父母に県外へ出ることを伝えた。祖父母は「自分のやりたいことがあるのなら頑張りなさい」と背中を押してくれたので、思い切ってひとり暮らしをすることになった。

 それを彼に言ったら何て言ったと思う?

「じゃあ、俺とルームシェアしようぜ」

 だってさ。

10/18/2023, 3:38:27 AM