ミミッキュ

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"お気に入り"

「ご馳走様でした」
 昼休憩中、昼食を済ませると椅子ごと振り返って、ベッドの上で──昼食後の毛繕いを終わらせて──身体を丸くしているハナに視線を向ける。俺の視線に気付いたのか、閉じていた目を開けて顔をこちらに向ける。
「ハナ」
「みゃあ」
 ハナの名前を呼ぶと、『待ってました』と言わんばかりに立ち上がって返事をした。
 机の一番下の引き出しを開け、中からハナのお気に入りの玩具を出して、見せびらかすように揺らす。
「運動の時間だぞ」
「んみゃあ」
 声を上げると、ベッドから降りてじゃれ始めた。それに合わせて、椅子に座ったまま猫じゃらしを右へ左へと動かす。
 ハナのお気に入りの玩具は、紐状の猫じゃらしだ。この猫じゃらしを鞭のように動かすと、今までのどの玩具よりも目を輝かせて食い付いてくる。
 俺としてもこの猫じゃらしなら椅子に座ったままでも手首のスナップで色々な動きが出来て楽だし、体力を最大限温存できるから、これを気に入ってくれて正直ありがたい。
「これはどうだ?」
 紐の中間辺りをもう片方の手で掴んで、その手を高く上げる。その反動で紐の先が手よりも高く舞い上がる。
 身体を縮めて尻を振りながら狙いを定め、ジャンプする。
 使い方を工夫すれば、脚力を鍛える動きをさせる事もできる。
 この猫じゃらし一つで、身体の動かし方を覚えさせる事ができるし、子猫特有の無尽蔵な体力を大幅に削る事ができる。
──ちょっと運動能力を上げて鍛えても損は無いだろ。別に『いつかハナと共闘したい』とか、そんなファンタジーな事思ってないし。
 頭を振って時計を見る。そろそろ昼休憩が終わる時間だ。
「ほれ、ラストだ」
 紐状猫じゃらしの柄を持つ手首を、これまでよりも大きく動かす。ハナも、これまで以上に身体を動かしてじゃれる。
 三十秒程やって動きを止め、猫じゃらしの紐を回収し丁寧に畳む。
「お終い。続きは夜」
「みぃ」
 返事をして身体の動きを止めると、腰を下ろして毛繕いし始める。少しして毛繕いを終えて立ち上がるが、尻尾は興奮でブンブンと大きく早く揺れている。
「水飲め」
 ご飯皿の横に置いていた、水で満たされた皿をハナの前に持っていく。ぴちゃぴちゃ、と音を立てながら飲み始めると、みるみるうちに尻尾の動きが落ち着いていった。それを確認すると、椅子から立ち上がって扉に近付いて振り向く。
「んじゃ、そろそろ行くな。大人しくしてろよ」
 ハナに声をかけて扉を開ける。隙間に身体を滑り込ませて廊下に出ると「みゃあ〜ん」と鳴いた。恐らく『行ってらっしゃい』だろう。その声に「行ってきます」と返して扉を優しく閉める。
「んーっ」
 診察室のデスク前で伸びをする。
──さてと、午後も頑張るか。

2/17/2024, 11:55:00 AM