マル

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 プシュゥと空気の抜ける軽い音を立てて、背後にある電車の扉が閉まった。
 俯き気味だった顔を上げるとそこには、暗い空が広がっていた。
 憂鬱だ。いや、もう家に帰るだけなのだけど。

 今の職場に来て、もうそろそろで一年目。そりゃ新卒の時よりは俄然職場にも仕事にも慣れたけれども、それでも残業続きの帰り道の、この空の暗さにはどうにも気分がもってかれる。あたりの暗さと心の暗さが比例してしまう。
 まだイルミネーションの時期は…マシだった。ピカピカ光る明かりが歓迎してくれているというか、見るとホッとした。が、今はそんなものはない。ただの暗闇だ。

 改札を抜け、駅を出て…そうだ、夕飯の買い物を…あぁなんも思いつかない。腹は減っても作る気力がない。適当にコンビニで弁当でも買って…。
 と、不意に美味しそうな匂いがどこからか漂ってきた。
 足元ばかり見ていた顔を上げる。立ち並ぶどこかの民家からしているんだろう。そうか、夕飯時か。
 家々に灯る温かい光。あ、この匂いは焼き魚…?あ、これはカレーだ。あぁ、母さんの作ってくれたカレーが恋しいなぁ…。
 カレーの匂いって不思議だ。なぜだか嗅ぐと無性にカレーを食いたくなるし、腹が鳴る。よし。今日はカレーにしよう。
 少し気分が明るくなって、僕は顔を上げて歩き出した。



きょうのおだい「風が運ぶもの」

3/6/2025, 4:11:55 PM