「フラれちゃった」
あっさりと、まるで呼吸するかのようにそんなことを言った。続けて彼女は目の前のカップに手を伸ばす。甘い香りが辺りにほんのりと漂っている。
「そうか」
「うん」
会話はそれ以上続かなかった。フラれた理由も相手が誰なのかも今の彼女の心境も。そのどれにも俺は興味がなかった。ただ、折角時間を作って会っているというのに悲しげな表情で俺の相手をするのが許せなかった。本人は何とも無いふうに取り繕っているつもりだろうが、ちっとも平然としている様子には見えない。こんな簡単に見破られてしまっていると言うのに、それでも彼女は平気なフリを続ける。馬鹿馬鹿しい。こんな空気をこれ以上味わってられるか。
だから、思いっきりその華奢な肩を引き寄せ、力を込めて抱きしめた。
「……苦しいよ」
彼女の反抗する声はあまりにも小さかった。弱々しくて、かろうじて聞こえるレベルだった。だから俺は否定とは捉えない。腕の力を今以上に強くする。もっと強く、骨がきしむくらいに抱き締めたい。痛い苦しいと、本気で訴えてくるような、真正面から俺自身と向き合うほどの抱擁を与えたい。
「こんなことして、どういうつもり」
「当ててみろよ」
俺の気持ちを読んでみろ。本当はもう分かっているんだろう。じゃなきゃ心神耗弱している時に会う相手に俺を選ぶはずがない。本当は慰めてほしかったんだろう?だがな、“お前には俺が居る”だなんてセリフ、お前が欲しがっても言わねぇよ。お前自身が、自らの意思で俺を選ばない限り、両手広げて受け止める真似なんてしないさ。つっても今、既にお前を抱き締めてるんだが。これくらいは許せよ。だが次は無い。お前が、俺を選ばない限りは2度目の抱擁は与えない。別に、尻軽だとか変わり身が早いだなんて俺は思わない。だからさっさと俺に堕ちろ。その気持ちを込めて今一度強く抱いたら、震える手が恐る恐る俺の背にまわされた。彼女に気付かれないようにほくそ笑む。ここで甘い言葉を囁くのは、フェアじゃない。これ以上はお前の弱った心には付け込まない。あとはお前が選ぶだけ。さぁ、どうする?
10/8/2023, 8:15:28 AM