開けないLINE(カレー日和)
「誰から?」
人通りの多い、洒落た通りを二人で並んで歩く。
テイクアウトした流行りのジュースに映え狙いかと気持ち落胆しつつ、わたしは彼との久し振りのデートを楽しんでいた。
「………んー?」
隣の彼はちらりとスマホを見るなり画面を閉じてさっさとそれを仕舞い込む。
………?
不自然な態度。
訝しんでいると、仕舞ったそこから着信音が立て続けに鳴り響く。
「見ないの?」
「ただのどうでもいい通知だから」
「………。ずっと鳴ってるけど?」
くぐもった音が、開けとばかりに急かしているよう。
それでも頑なに見ようとしない彼に、嫌でもわたしの中の女の勘が動き出す。
指摘しても目が泳ぐ。挙動不審。
これはやはり、
「浮気!?」
「はあ!?」
純粋な驚きからの素っ頓狂な声色に、わたしは周りの目を気にしながら低く問いかける。
「だったら何で見ないの。何度も鳴ってるじゃない」
「これは、その………だから」
しどろもどろに言い訳を募ろうとするが言葉が出てこない。
業を煮やしたわたしは、仕舞い込んだそこから彼のスマホを奪い取った。
「あ! おまっ、何す………!」
「見せて?」
彼の手にスマホを乗せ、LINEを開くよう要求する。
さすがに奪ってそのまま探るような無配慮で無神経な女ではない。
「………」
わたしの圧に負けたのか、このままでは嫌疑が晴れないと踏んだのか。
彼は溜息と共に渋々スマホのLINEの画面を開いた。
『帰りに玉ねぎ買ってきて』
『あ、あとじゃがいもも!』
『あ、あと人参も!』
『しまった! カレールーも!』
「………。お姉さんからのライン?」
『わかった?』
『ねー既読つかないけど!?』
『デートに夢中で忘れたら許さないからね!』
延々、延々と。
終いには、『あんたがデートなんて百年早いわ!』なんて文言まで飛び出して思わず吹き出してしまう。
「だから嫌だったんだよ、笑われると思って」
つん、と顔を背けた彼が何とも可愛く、愛おしい。
………彼の家は父子家庭で、家事はお姉さんが一手に引き受けているのだと前に話していたのをどことなく覚えている。
彼とのデートも、いつも嫌な顔ひとつせず送り出してくれているとか………。
「カレーの材料ね。あとお姉さんに、美味しいスイーツでも買っていってあげようよ」
わたしの面目の為じゃない。優しいお姉さんに、ささやかな感謝の気持ち。
―――顔を背けていた彼は、おう、と照れ隠しにわたしの髪をくしゃりと掻き乱した。
「既読付けて、返信したらお昼食べに行こう」
流行りのジュースでイマイチになった舌を、美味しいご飯で慰めたい。
―――わたしはどこにしようかと考えながら、彼の手を引いて再び歩き始めた。
END.
9/2/2024, 4:29:06 AM