猫丸

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 本が好きだ。
 読めば心が落ち着く。
 だから、いつも放課後図書室に足を運ぶ。

 ひとりしかいない図書室に俺のページをめくる音だけが響く。
 放課後に図書室に来る人など皆無。故に俺はこの場所を気に入っていた。

 どれほど時間が経っただろう。
 気づけば明るかった空はすっかり赤く染まっていた。
 本を閉じて鞄にしまう。

 ———ペラ……ペラ……

 ここでようやく気付いた。
 図書室にいたのが俺だけじゃなかったことに。
 夕陽のせいか赤みがかかる黒髪を肩に触れる高さで切り揃えた少女だった。
 知的に見えるのはその眼鏡のせいか、伸ばした背筋のせいか。その両方だろう。

 まあ、ここは俺だけの場所ではない。
 だけど。俺だけの部屋だと思ってた場所に第三者が来るのは思っていた以上に苦痛に感じた。

 さて、もう帰ろう。

 最後にチラッと一瞥する。
 と、目が釘付けにされた。

 どうしても離せなかった。

 「なんですか?」

 俺の視線に気づいた少女が顔を上げて不快に染めた。
 そりぁ見ず知らずの人にまじまじと見られればそんな顔にもなるだろう。

 だが、注視した理由はちゃんとある。

 「あ、あの……本が逆さに」

 そう。彼女の読んでる本が上下逆だったのだ。
 これまたベタな、と思った? 俺もだ。

 俺の言葉を聞いた彼女は訝し気に自分の持つ本を見る。

 すると、みるみるうちに顔が赤くなっていき、

 「こ、これは……っ、み、見て!中はちゃんとした向きだから!」

 酷く取り乱しながら俺に本の中身を見せてくる。

 「たしかに……」
 
 なんで表紙だけ……
 そんな疑問は心の中に留めた。

 「……あっ」

 彼女はようやく思い出したようだ。
 俺たちが他人だと言うことを。

 「ご、ごめんなさい」

 彼女はそう言って平静を繕って席に戻った。
 表情は先ほどと同じく知的だったが、耳が夕陽でも誤魔化せないほどにも赤くその内心は容易く想像できた。

――――――――――――――――

 あれから一か月が過ぎた。

 彼女はあれからもずっと図書室に通っていた。

 そのため、彼女とは次第に仲良くなったりしなかった。

 ――ペラ……ペラ……

 お互い無言で本を読むだけ。

 たまにおすすめの本を紹介したり、されたり。
 そして感想を簡潔に述べたり。

 それ以上のコミュニケーションは一切なかった。
 が、そんなもんでよかった。それが心地よかった。

 俺は彼女のことを何も知らない。名前さえも。

 なんてこともなかった。

 彼女はちと有名すぎた。
 同じ二年生で学年一位の頭脳を持っている秀才でありながら、クラスメイトに虐められていた。

 そういう名前の子がいたのは知っていたがまさか彼女とは思わなかった。

 だが、知ったからと言って何も変わらない。
 これ以上探りをいれたりしない。どうせ俺には何もできないし、彼女もそれを望んでいない。

 今日も俺はただ本を読むだけ。

――――――――――――――――

 いっとき。と、言っても3日だが図書室に行けなかった。

 久しぶりの図書室は何も変わっていなかった。

 いや、ひとつだけ変わったところがあった。
 そこに彼女の姿はなかった。

 変わったというより戻っただな。
 俺は気にせず本を開く。

 ちょうどその時だった。

 「やってくれましたね」

 背後から声がかかる。
 この声は彼女のものだ。

 いきなり喧嘩腰か。
 俺が何をしたと。
 しかし、俺が口を開く隙を与える間もなく彼女は答え合わせをする。
 俺の目の前の席に腰かけて。

 「主犯の子が教えてくれました。身体の大きく目つきが悪い人に『くだらないことはやめろ』そう言われたことを」

 「お節介な人もいたもんですね」

 「誤魔化さないで!どうして助けてくれたんですか?」

 彼女の眼には困惑が浮かんでいた。

 俺はひとつ溜息を吐く。

 「人違いです。だからその人が助けた理由なんてわかりません。ただ助けた理由なんて案外しょうもないかもですよ?例えば、ちょっとずつ知っていく中で見て見ぬフリができなくなったとか」

 あくまで例えば、ですがと付け加えた。

 すると彼女は諦めたように笑った。

 「……ありがとうございます」

 「……だから俺に言っても……」

 「さて、あなたは『ちょっとずつ知っていく中で』と言いましたね?」

 「はあ、まあ例えばですけど」

 「でも私はあなたのこと何もしりません。せいぜい名前と、身体が大きく目つきが鋭く、故にみんなから恐れられている。そのくらいです」

 「充分でしょ。俺もあなたのことそのくらいしか知りません」

 俺たちは友達ではないのだからそのくらいの理解度で問題ないだろう。

 「なら、知ってください。いろいろ教えます。それから、いろいろ教えてください」

 「……どうしてですか?」

 「友達になりましょう」

 俺に?友達?
 ありえない。

 でも、彼女の瞳はまっすぐ俺を見つめ返してた。

 「……」

 心にずっと前に忘れたと思っていた感情が浮かんだ。

 期待、か。

 「まあ、そうですね。自己紹介から始めましょうか」

 俺の言葉に彼女は笑みを浮かべた。

 「はい。あなたのこともっと知りたいです」
 

 
 

3/12/2026, 8:08:32 PM