幸せとは
幸せよりももっと単純で美しいものを探している。
「単純」とか、「美しい」とか、よく分からない言葉。
私はよく分からない。
なぜなら、どこからが単純で、どこからが美しいか、
分からない。
そんな言ったら、どこからが複雑で、どこからが醜いのか。いやどんな言葉だって分からないのかもしれない。
それらの言葉は人それぞれの基準であって、
基準における「正解」など分からないじゃないか。
そうだ。私の目指しているものの手前にある「幸せ」だってもっと分からない。
曖昧な言葉こそ、それになろうとすると、
不安とか心の迷いが起こる。
そんなこと考えたら、
最初に言った「幸せよりももっと単純で美しいもの」
これってなんだ?
心から適当に引き抜いた言葉の意味が不可解に感じてきた。
私は、「幸せ」に対する不信感がある。
「幸せ」って、まるで人生を救って明るくして、このままでいたいと思えるようなものだと、子供の頃は思っていた。
そんな、子供の頃、感じていた「幸せ」とは別れ、
大人になって裏切られた。そんな幸せなど幻想だと。
それから私は「幸せ」よりももっと綺麗な存在になりたいと思うようになった。
例えば、「健康的な心身」のような、
人間本来の状態が綺麗な存在だと思っていた。
私はそんな状態からは、かけ離れている。
心身共に健康とは言えない。
だけれど、なんとなく漠然とした願い。
それが「単純で美しいものになりたい」。
それが私にとっての綺麗な存在。
逆に私にとって、複雑とか、醜いとか、
そんな言葉を人間に置き換えると、
不幸な人間が思いついた。
私はきっと「私は幸せになりたい」と言えるほど、
単純になるべきかもしれない。
その単純さが美しさを滲み出すのなら、
私の望みは幸せなのかもしれない。
私の望みは、
自分が思っていたよりもっと手前にあったのだ。
私の心から出る言葉を作品化しようとして、
「幸せよりももっと単純で美しいものを探している」と
書いたが、私には素直さが足りなかったようだ。
素直になれば、自ずと幸せになるためのスタート地点が見つかるのだろうか。
さて、私はどんな幸せが好きだろうか、
1/5/2026, 3:07:26 AM