望月

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《元気かな》

 晴天の下に連なる行列。
 晴れやかな笑顔の人々が、街道を往く彼らに花弁を掛ける。
 赤、白、黄、青、桃。
 色々な花弁が舞い、ひらりひらりとタイルの道に彩りを足していく。
 行列の中心を飾るのは、白に身を包んだ男女。
 この行列の主役たる、新たに結ばれた領主夫婦だ。五つ下の花嫁は微笑みを浮かべ、花婿は
「おめでと〜」
「おめでとうございます!」
「おめでとう!」
 口々に紡がれる祝福の言葉が、夫婦の行先を明るく照らしているかのようだった。
 ——そんな昼が過ぎ、日が落ちて。
 日がな微笑を浮かべていた花嫁は、疲れたように窓枠へと腰掛ける。
 開けると、大きな窓から夜の空気と共に涼しい風が吹いてきた。
「……遠くにいるあなたは、元気かな」
 そう言ってから、口を抑える。
 思わず漏れてしまった言葉なのだろう。
「そうじゃないのは、君の方だろ?」
「えっ?」
 そう、だから、予想だにしていなかったのだ。この独り言に返事か来るなんてことは。
「お邪魔しまーす」
 上部から覗かせた顔を引っ込めたかと思うと、今度は窓枠にぶら下がる。驚く花嫁を他所に、彼は慣れた調子で窓枠から手を離し室内へと滑り込んだ。
 見事な軽業である。
「……どうして、あなたがここにいるの?」
「君に呼ばれた気がして……っていうのは冗談で、花嫁に祝福をと思ってさ」
「そういえば、神父だったっけ、親」
「そう、だから祝福の掛け方なら知ってるぜ?」
「……お願いしても、いい?」
「もちろん、そのために来たんだから」
 悪戯っぽく笑うその表情には、実に見覚えがある。
 照れくさいのか頬をかきながらこちらに伸ばした手も、何もかも。
 昼間とは違う、弾けるような笑みを浮かべた花嫁はその手を取る。
 彼の前に跪き、額に当てた。
「……我が死に花に、最愛なる祝福を」
「……ありがとうございます」
 神は伴侶を持たぬものを花として傍に仕えさせると言われており、結婚したものは死に花とよばれる。その際に、神の言葉を代理した聖職者が、神からこれまでの生に注がれていた不可視の愛を祝福として授けるのだ。
 具体的な効能はないが、将来が安泰するとされる。いわゆるお祈りと同等のものだ。
 これが真似事なのは、お互いに知っている。
 けれど、月明かりの下で二人は、神聖な儀式を行ったのだ。
「……幸せになれよ」
「もちろん、幸せになるわよ。……あなたもね」
「あぁ、うん。……それじゃ、またいつか」
「ええ。またね」
 さっさと余韻も残さずに彼は去った。
 友人としての役目は果たしたのだろう。
「……もっと渋ってもいいでしょうに」
 あっさりと消えた彼の姿は、窓を覗いたところでもう見えない。本当に敷地内から出たのだろう。
「……でも、ありがとう」
 不器用な祝福だが、きっと、誰よりも特別な祝福になった。
 明日の披露宴が楽しみになった花嫁は、そうそうに窓を閉じ眠ることにした。
 これからの日々と、過去を夢に描きながら。

4/10/2025, 9:42:34 AM