真愛つむり

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学園祭の準備期間が始まった。

ウチのクラスの出し物はお化け屋敷。手分けして小道具やら衣装やらを作りつつ、オリジナルカレンダーの作成にも取り掛かる。まるで私専用のチームができたようで高揚した。中でも藤江くんは宣言通り、精力的に私をサポートしてくれた。

私の担当月は2月に決まった。モチーフはバレンタインデー。赤やピンクのクッションに囲まれた私が、ハート型のチョコレートを持って微笑む構図にしようと言い出したのは藤江くんである。

クッション作りを女子メンバーに任せて、私と藤江くんはチョコレートを買いに行った。しかし、バレンタインシーズンでもなければハート型のチョコレートなんてそうそう売っていない。私たちは話し合いの末、「ないなら作ればいい」との結論に至った。

家庭科室を借りてチョコレート作りを始める。これがなかなか難しかった。

大量の板チョコを切り刻み、湯煎でとかしてテンパリングする。その間、型をキレイに拭き、オーブンシートでコルネを作っておく。下準備ができたらチョコレートをハートの型に流し込んで、冷蔵庫に入れ30分以上冷やす。

レシピだけ見れば簡単そうだが、ひとつひとつの工程には技が必要だ。特にテンパリングを失敗すると味が落ちたり、ガチガチに固まって食べづらくなったりする。

意外なことに、藤江くんはお菓子作りが上手かった。お姉さんの影響でちょくちょく作っているらしく知識もあり、スムーズに進めてくれた。実に頼もしい相棒だ。

完成したチョコレートは綺麗にラッピングして再び冷蔵庫へ。割れたりブルーム現象が起こってしまったりしたものはその場で口に放り込む。

「ん、おいひ〜♡」

思わず漏らした声に、藤江くんが嬉しそうな反応を見せる。

「よかった。岡野くんの笑顔が見れて嬉しいよ」

イケメンは言うことが違うなぁ……
私は思わずときめいてしまいそうな台詞を平然と言ってのける彼のことが、少し羨ましくなった。

チョコを食べたら何か飲みたくなって、家庭科室の隅っこに放置していた荷物の元へ向かった。中身をゴソゴソして財布を発見。取り出して立ち上がったと同時に、隣に置いてあった藤江くんの鞄を蹴っ飛ばしてしまった。

「あっ、ごめん!!」

慌てて謝りながら、飛び出してきた中身を拾い集める。藤江くんも急いで駆け寄ってきた。

「あ、いいよ岡野くん、自分で拾うから」

「そんな……ん?」

今まさに拾おうとしていた物体を見た瞬間、私の心臓はドクリと脈打った。

そこにはライオンがいた。

銀色のライオン。あのキーホルダーだ。

私が先日失くしたのと全く同じキーホルダーを、藤江くんは所有していた。

「これっ……どこで」

「ああ、それ格好いいよね。この前動物園で買ったんだ」

一瞬、彼が拾って持っていてくれたのかも、と思ったがために、私は内心ガッカリした。彼も私と先生が訪れた動物園に行って、同じものを購入したんだ。

「わかるよ、私も同じの持ってたから。失くしちゃったけどね」

「そうなんだ……」

私は気まずい空気を払拭するような笑顔を作り、拾い終わった荷物を藤江くんに渡して、家庭科室を出ようとした。

「岡野くん!」

「なに?」

「よかったらこれ、あげようか?」

「えっ!?」

突拍子のない提案すぎて受け入れ難い。

「いやいや、もらう理由がないよ!」

「ほら、クラスの代表になってくれたお礼にさ」

「えぇ…うん、いやでも、やっぱりもらえないよ」

「なんで?」

「私のキーホルダーは、大事な人からもらった特別なものだからね」

それとは全く違うんだ。私はそう言って、家庭科室を出た。


鞄を蹴っ飛ばしたお詫びに藤江くんの分の飲み物も買って戻ると、彼は大袈裟に驚き喜んでくれた。

教室へ戻るとちょうど今日の学園祭準備時間が終わる頃だったので、我々はそのまま一緒に帰ることにした。

「うわ、曇ってる」

今にも降り出しそうな空を見て、私は焦った声を上げた。今日は傘を持ってきていない。

「大丈夫だよ、折りたたみ持ってるから」

どこまでもイケメンだな。

「藤江くんの家ってどの辺?」

「✕✕あたり」

「ああ〜、それなら途中から逆方向だね」

「安心して、送ってくよ。ジュース奢ってもらったしね」

「そう? 無理しないでね」

「無理じゃないさ。僕が岡野くんともっと一緒にいたいだけ」

さ、行こう。藤江くんが歩き出したので、私も慌ててついていった。いい加減彼の言動には慣れつつあった。

「そういえば、さっきの話なんだけど」

藤江くんが口を開いた。

「さっき?」

「うん。あのキーホルダー、大事な人にもらったってやつ。それってさ、好きな人ってこと?」

「う、うん、まぁ」

「へぇ〜、好きな人いるんだ。彼女?」

「いや、付き合ってはないよ。それに……女性でもない」

藤江くんが黙ってこちらを見つめる。少し見開かれた目を見て、拒絶されるかもしれないと思ったのだが。

「ふーん、片想いか」

少し考えて、再び口を開く。

「僕にしない?」



え?



呆気にとられた私の顔を見て、彼はクスッと笑った。

「僕にしときなよ」


足を止めた2人の頭上では、雨雲が最初の一粒を落とそうと待ち構えていた。


テーマ「空が泣く」

9/18/2024, 8:11:42 PM